投稿者: masumi

  • 3-9 自分の生き方は自分で決める

    成田)武枝さん、ほんとにね!これほど大きなストレスはありません(笑)。I先生の提案を受け入れておきながら、一人になるとあれこれ思いを巡らせてしまいました。
    「この手術で、何が変わるのかな?」「切り取った部分を病理検査に出して、また同じものが見つかったら、その時私はどうするの?」「何も見つからなかったとしても、細胞レベルで体に転移しているかもしれない状況は変わらない。それなのに手術する意味あるのか?」「この結果次第で、移植を受け入れる気持ちになれるの?」様々な自問自答を繰り返しました。

    そんなことを考えながら、入院日を決めるために耳鼻科を訪れると、私の揺れる気持ちを見透かされたように、I先生はおっしゃいました。
    「もし、私が成田さんの立場なら、すぐに移植をします」と!!「移植は地獄の苦しみかもしれないけれど、私なら5年10年生きられる方法を選択します。内臓に転移してからでは手の施しようがなくなりますよ!」「ここまでいう医者は少ないかもしれませんが、私は背中を押します。」
    その語気は、いつになく厳しく強いものでした。

    さらに、「病気に対しては、もっと冷徹に向き合わなければダメですよ!」と叱られました。
    結局入院日を決めたものの、「もう一度主治医のO先生とよく話してください。もし移植の決心がついたら、この手術はキャンセルしましょう」と。
    えっえ〜!!どうして今日になって!!私は戸惑い、思考が止まり、気持ちの整理がつかないまま、気がつけば病院から武枝さんに電話をしていました。あの時、電話に出て下さったことに心から感謝しています。

    武枝)本当に、あの時、すぐに電話に出ることができてよかった!その日、I先生と手術の日取りを相談に行くって聞いていたから、気になっていて、メール連絡を待っていたのよね。そしたら電話がかかってきた!電話がかかるってことは、思いっきり嬉しいことかしら、いや、あまりいい話ではなさそうかな、と思って出てみたら、今までに聞いたことのない切羽詰まった成田さんの声!私もうろたえてしまいました。

    成田)I先生のおっしゃることはよく理解できました。いえ、セカンドオピニオンで説明を聞いた時から理解できています。自分の厄介な病気のことや、私が置かれている状況についての容赦ない説明をたっぷり聞いてきたのです。それでも、その事実を受け止めつつ、日常を前向きに過ごしながら自分の気持ちと向き合っていたつもりです。決して楽観的でも、逃げているのでもありません。

    普段穏やかなI先生がそこまで言ってくださるお気持ちに感謝しながらも、私は追い詰められたような気持ちになっていました。私という人間は、誰かに説得されても叱られても動けないのです。それがどんなに正しくてもです。自分で考え自分で選択しなければ覚悟なんかできません。

    武枝さんに電話で聞いてもらって、少し気持ちが落ち着いたらお腹が空きました。こんな時でも食欲がある自分が可笑しい(笑)

    そして、翌朝病院に電話を入れて、主治医のO先生にお目にかかりました。もう一度、O先生のご意見を聞きながら、自分の気持ちを確かめるために…。

    武枝)耳鼻科のI先生もさぞかし葛藤されたのでしょう。
    最終的には、ドクターとして、一段階ステップを挟むことより、最前線の治療をやはり優先なさった!
    おそらく、ハードな治療を簡単に受け入れられる患者さんはいないでしょう。だけど、ドクターから強く勧められたら、ほとんどの人は泣く泣く身を預けてしまうのかもしれません。
    けれど、成田さん!「誰かに説得されても叱られても動けない」のよね。私もそうだから、よ~く分かります。そして、どんなに追い詰められてもいつもと変わりなくお腹が空く。食欲が落ちないのも共通項。今まで、そうしてお互い何とか苦境を凌いできたのでした。

    ああ頼みの綱、O先生は、何を優先されたのでしょう。

    成田)O先生と話す時には、私の気持ちは落ち着いていて、I先生のおっしゃったことを冷静に伝えることができました。私は、伝えるべき状況や会話の内容、相手の言葉やその時の自分の思いを正しく再現して伝える能力はあると自負しています(笑)。仕事で培ったものでしょうか。そういう自分が嫌いではありません。話すことで自分の気持ちが整理できたりクリアになっていきますから。

    武枝)そう、再現・伝達能力にますます磨きがかかっていますね。もちろん、キャスターやコーチングの仕事を通じて培われたものではあるでしょうけれど、相手の言葉や自分の思いを吟味し、反芻して、咀嚼する天資がベースになっているような気がします。

    成田)子供の頃から、大人の言動を観察する癖はありましたが、理解できないことに「?マーク」が付いても、それを自分の経験に重ねて咀嚼し伝える言葉や表現が追いついていなかったのでしょうね。でも成長するにつれて、大人が言う「常識」や「正しさ」に対する違和感を伝える言葉を持つようになり、親戚の叔父からは「万寿美は理屈っぽいから苦手!」と言われていました。自分の「想いと言葉と行動」が本当に一致するようになったのはここ10年くらいかもしれません(笑)

    武枝)思い起こせば、私もなんとか一致するなと思えるまでに長い年月が必要でした。半世紀以上かかって、ようやくでしたね。

    成田)話を戻しますが、血液内科の主治医であるO先生は、会話をとても大切にしてくださいます。出会った時からそうでしたが、何を聞いても、何度でも面倒がらずに説明してくださいました。この日も私の話をじっと聴いてくださって、そして、いつもの張りのある明るい声でこうおっしゃいました。「I先生のおっしゃったことは正しいです。医者としては僕もそう思います。でも僕たち医者はデータで話しているにすぎません。データとして正しいことが、成田さんの生き方にとってベストかどうかは別だよね。何を選択するかは成田さんが決めることです」と。
    その言葉が、私に深く刺さりました。

    「そう、自分の生き方は自分で決める」のだ。

    そのために、ドクターは専門知識とご経験からの選択肢を示してくださる。それを受けて患者が納得して”選択できるよう”話し合うプロセス”こそが大切なのではないでしょうか。そして、選択したことをドクターと患者が協働して治療に向かう!
    それがインフォームドコンセントの本来の目的ではないでしょうか。そこには医療従事者と患者が、人として互いを尊重し合う信頼関係が必須です。結果がどうあれ、最後にドクターも患者も「最善を尽くした」と言えるのは、こういうプロセスあってのことではないかと思います。これは、あくまで患者目線の私個人の意見ですけどね。

    武枝)O先生の「データとして正しいことが、成田さんにとってベストかどうかは別だよね。」って。これほど、成田万寿美という人間性を深く理解し、尊重して下さった言葉が他にあるでしょうか。
    それまで冷静になって話ができていたとはいえ、追い詰められている状況に変わりはなかったわけだけれど、O先生のその一言によって、成田さんはギアをニュートラルに戻すことができたのよね。「そう、自分の生き方は自分で決める」のだって。

    成田)そのあと、がん相談支援センターの看護師Tさんと話す機会がありました。「成田さんは強いですね。多くの方は、そこまでドクターに言われたら、お任せされると思います。成田さんにとってはプロセスが大事なのですね!」と言ってくださいました。さすがですね!私の気持ちを理解して寄り添ってくださいました。その時、私は確信しました。
    私は、結果よりプロセスを大事にしている人間なのだと思います。
    頑なに自分の考えに固執しているわけではありません!信頼できる人の話には十分耳を傾けることもできると思っています。だからこそI先生の優しくも厳しい言葉に動揺もします。武枝さんがおっしやるようにドクターも葛藤されるのかもしれませんね。骨髄移植に踏み込めない私を歯がゆく感じられるのかもしれません。そのお気持ちを正面からストレートにぶつけて下さったことに感謝しています。

    それでも、私には、説得や誰かの価値観ではなく、「会話しながら、自分で考え、答えを出すプロセス」が必要なんです。そうすることで、結果がどうあれ、私は誰も責めず、後悔もせず、その結果を受け入れることができるでしょう。

    O先生はさらにこうおっしゃいました。「成田さんは骨髄移植をするにはギリギリの年齢ですが、前回鼻の腫瘍が見つかった部分を広く切除すれば、移植は少しだけ先送りできるでしょう。広範囲の病理検査だと考え、その先のことはその時また考えましょうか。私からI先生にお手紙しておきます」と。その言葉で、今回の手術に対しての私の気持ちが決まりました。最悪の覚悟まで考えなくて良いのだ!まずは鼻腔組織の切除手術をすることだけ考えよう。そのあとはそのあとだ!今、自分が取るべき次の行動がストンと腑に落ちました。

    武枝)昨年暮れからの激動の約3ヵ月、長い長いトンネルからようやく抜けられた思いですね。不安な気持ちや恐怖感を他人様の前では微塵も見せないで、よくぞよくぞ踏みこたえたよね~

    《「会話しながら、自分で考え、答えを出すプロセス」が必要なんです。そうすることで、結果がどうあれ、私は誰も責めず、後悔もせず、その結果を受け入れることができるでしょう。》という成田さん。何と清々しく、頼もしいのでしょう!

    成田)4月2日、I先生と入院日を決めました。手術について、以前に撮った私の鼻腔の画像を見ながら、どこをどのように切除するのか、どのくらいの時間がかかるのか、出血や手術後の痛みはどうか、退院までのスケジュールなどについて丁寧な説明を受けました。数年前に私が鼻の手術を受けたときと比べても、医療機器は日進月歩。どんどんハイテク化が進んでいるようです。
    以前は内視鏡手術でも、見えない鼻の奥は医師の経験と感覚に頼るところが大きかったのですが、今ではナビゲーションシステムで、映像を見ながら切除することができ、脳や眼の神経への危険はほぼないそうです。医師も二人体制だそうです。そこまで話を聞いても、やはり怖いですよ!全身麻酔というだけで怖いです。もちろん完治を目指すものではありませんが、I先生O先生と話し合い、納得したこのプロセスを踏んで、前に進んでまいりましょ!

    そうそう!その前に引越し引越し!新しい部屋で気分一新して、入院致します!

    武枝)なんと軽やかなステップ!

    にっこり微笑んで開いた新しい部屋の扉の先には、“新次元”の成田さんの、どんな活躍の舞台が待っているのでしょう。

     

  • 3-8 ものの芽の思いの丈を膨らませ

    武枝)そう!このやり取りを始めてそろそろ1年になりますが、成田さんが持っている「希望の力」の影響を強く感じます。

     直近の例では、昨年の復活祭の翌日にドクターから再発の疑いありの告知を受け、「春以降の仕事は受けないほうがいいでしょう」と言われて、成田さんは、それまでに引き受けていた企業研修の仕事の代役を手配したり、学校の休学届けの準備や引越しの中止などを決め、入院に備えて動き始めていたのに、ある時、スパッと切り替えたよね。

    《「このままでは、再発を受け入れ、入院に向かってしまう!」。まだ希望があると本当に思うなら、結果がはっきりするまで、「前に進んでいれば良い!」のではないかって。仕事も「全て私ができる!」ことを疑わないことに決めました。その時はその時だ!今から最悪の治療の準備などするもんか!(笑)》

    この最後の力強い言葉!私は、この言葉を成田さんが発して、しかも笑ったその時、「精神と体の関係」の密接性、そして「希望の力」が大きく働いた!のではないかって、それが“好転”につながったのではないかって、思うのです。

    予定されていた名古屋での企業研修の仕事も、インフルエンザに罹るというハプニングで延期にはなったものの、平成30年2月28日、見事に務めを果たすことができた!代役にお願いするまでもなく、耳の状態を最良にして仕事に臨めるようにと直前に5回目の鼓膜切開もして、ね。

    成田さんがその仕事に出かける朝、新幹線に乗る前の品川駅で撮った風景写真をフェイスブックに上げていましたね。昨年末の「復活祭」翌日にショックな告知を受けた後、仕事も学校も引っ越しも諦めかけたけれど、最終的に、前に進むことだけを考えたことで、引き受けた仕事を自分で果たせることになった!さぞかし感無量だったのだろうなということが、その何気ない写真から伝わって、私もしみじみしてしまいました。

    セカンドオピニオンでどんな見解が出るのか。成田さんは、《結果が出るまで2週間ほどかかります。でも、今の私はとても冷静です。》と言う。

    過去最強クラスの寒波が押し寄せたこの冬ですが、3月になってようやく春めいて、街中の樹々に、新たな芽吹きが溢れかえっています。その姿が成田さんと重なります。

     ものの芽の思いの丈を膨らませ  幸子

    成田)「ものの芽の思いの丈を膨らませ」かぁ。いいですね〜。先日、散歩中に早咲きの桜の木を見つけました。思わず、私も大地に根を張るように立ち、両手を思いっきり空に伸ばして、木と同じポーズをとってみました。エネルギーが爆発する前の桜の木と一体化したような気分になりました。これ、おすすめです。「ものの芽の思いの丈を膨らませ」を全身で感じることができますよ。

    武枝)拙い句から、「エネルギーが爆発する前の桜の木と一体化したような気分」にまで押し広げてしまう、成田さんの感度の高さよ!
    よ~し、私も今年の桜が咲いたらやってみよう。

     

    成田)さて、2週間待って、ようやく病理のセカンドオピニオンの結果を聞く日が来ました。
    結論としては、やはり「NK/T 細胞リンパ腫 鼻型」と考えられるとのことです。そして、担当医師は「造血幹細胞移植を勧めます」とおっしゃいました。
    素人ですが、私の理解の範囲で少し説明させてください。「造血幹細胞移植」とは、通常の化学療法や免疫抑制療法だけでは治すことが難しい血液がんや免疫不全症などに対して、完治させることを目的として行う治療です。

    ただ、治療中は大量の化学療法を行うので、自分で血液を作り出すことができなくなります。そのため、自分の血液を凍結しておいて、治療後に戻す「自家移植」か、他人の骨髄を移植する「同種移植」を行います。「同種移植」は完治を目指せる治療方法なのですが、これは最も過酷な治療です。体が拒否反応を起こし、体内で闘いが起こります。その時に起こる副作用は人によって違いますが、口内炎、脱毛、肺炎感染、激しい吐き気や下痢、血栓症、アレルギー症状が高頻度に起こり、肝臓、腎臓、心臓、肺、中枢神経などの重要な臓器に障害が起こることもあります。いずれの合併症も重症化した場合には命に関わることがあります。でも、こうした闘いが激しい方が治療効果は高いそうです。

    武枝)仕事を通して培った伝達技術が長けているとはいえ、こんな局面でさえ、なんと理路整然とストレートに伝わる説明を!裏返せば、繰り広げられたセカンドオピニオンがいかに容赦ないものだったかを物語っているのでしょう。よくぞ耐えましたね。

    成田)耐えたというより、ただただ冷静に一つの病理についての説明を受けていました。医師もまた、感情を極力抑えて話されているように見えました。セカンドオピニオンとはそういうものだと思います。だからこそ、論理的に病気について理解することができたのでしょう。

    他人の骨髄を移植する「同種移植」は、自分の骨髄に根づけば(生着という)、健康な人の血液に入れ替わり”完治する可能性”があります。そんな説明も私には人ごとのように聞こえてきて、すぐにはその話を自分に重ねることができませんでした。一方「自家移植」は、一旦自分の血液を全て取り出して凍結しておき、化学療法を終えた後、体に戻します。これだと自分の骨髄ですから攻撃反応は起きませんが、病気になった自分の骨髄ですから、また再発する可能性があります。

    そんなハードな治療をしても再発するかもしれないのです。武枝さん、こんな説明を受けて、どちらかを選ぶことなんて出来ますか?私にはできません。
    ましてや、私は今とても元気なのです。そして、鼻の奥で見つかった腫瘍も綺麗になっているのです。PET検査でも、全身への転移は見当たらないのです。私は「移植」という過酷な治療を受け入れる気持ちになれません。ならば、何もせず「経過観察」を選択したらどうなるかというと、今度見つかったときには、すでに内臓などに転移している可能性が高くなり、その時には骨髄移植もできなくなります。手の施しようがなくなるということなのだそうです。

    ドクター曰く、「移植をせずに再発しなかった人は、これまでの私の患者では一人だけです。だからゼロではありませんが、経過観察を選ぶなら、そのことを覚悟して選択してください」とクールな言葉で説明されました。私もまた冷静に「病理のセカンドオピニオン」とはそういうものだと理解しました。あくまで「病気」に対して示され選択肢なのです。医師の立場では、完治する可能性のある「同種移植」を勧めるだろうことも理解できました。そしてそれを、あくまで”統計的データ”として受け止めました。でもね、そこには「辛い治療だけど、乗り越えれば確実に治ります」というものは一つもありません。正直なところ、説明を聞けば聞くほど、どの選択もできません。移植をせずに治った人が一人いらしたというなら、私は二人目になりたいと思うばかりでした…。

    武枝)きつい、きつ過ぎます。

    これまで、いろんな選択肢がある中で、過酷とは分かりながらも成田さんは成田さんらしくあることを選んで乗り切ってきたこと、私はよく知っています。そして、どの瞬間を切り取っても「ああ、成田さんダ~」と言える姿を示してきたよね。

    今回提示された選択肢は一応三通り。とはいえ、選びたくないものばかり。いくら並べられても選択肢とは言えないから、選びようがない!

    小さい頃、将来何になりたいかと聞かれて、周りのほとんどの子供がすぐに答えられるのに、どれも無理!と心の中で叫び続け、選択肢を自分で狭めてきたような私の場合は、成田さんの今の状況に置かれたら、いや、もっと前の段階で無理無理無理無理!としか到底答えられなかっただろうと思います。

    成田さんはすでに過酷な治療を経験し、嫌というほど大変さを知っている。心身ともにギリギリの状態まで追い込まれ、それでも笑顔を絶やさずに。そして見事に復活して、辿り着いた天職のコーチングの仕事を更に充実させようとしている、その成田さんが、またしても治療を、しかももっとハードな治療をしなければいけないことになるなんて!しかも「辛い治療だけど、乗り越えれば確実に治ります」というものは一つもないって!そんなの悔しすぎます。

    以前は、病名を本人に告知するかどうかの選択が問題になっていたけれど、今は具体的に本人に説明し、同意の下で治療を進める方向になっていて、それはそれでもっと厳しいなあ……

    ただ、ひとつの光明は、「移植をせずに治った人が一人いらした」という事実があること。そう。成田さんが二人目になるのよ!

    成田)セカンドオピニオンでの容赦のない説明を理解したことで、気持ちが治療に向かうかというと、そうではありませんでした。私は一層「移植」という選択を受け入れられなくなっていました。そして、主治医のO先生にはそのままの気持ちを話しました。「お話はよくわかりましたが、今は移植を受け入れることができません。でも治療を全否定しているわけではありませんので、もう少し経過を見守っていただけませんか」とお願いしていました。

    O先生は「わかりました。しっかり経過観察しながら、また怪しきものが出てきたり、体調に変化があった時は、その時点で出来る治療を考えて行きましょう」と明るく力強く言ってくださいました。でもその表情は、気のせいか少しだけ困っていらっしゃるようにも見えました。
    そしてその足で耳鼻科に行き、I先生にも同じ話をしました。でもI先生は、「今は大人しくしているだけで、細胞レベルでは消えていませんよ。疲れやストレスを溜めると、いつまたスイッチが入るかわかりません。
    その日をただ待つだけなんてできません」と、ある提案をして下さいました。
    それは「腫瘍が再発した鼻の奥を広く切り取る手術をするのはどうか」というものでした。鼻にはたくさんの毛細血管が集まっています。血液のガンですから、体内に転移することは抑制できないけれど、鼻への抑制にはなるというお話でした。耳鼻科としてできることを懸命に考えてくださったのだろうと感謝しました。これなら1週間ほどの入院ですし、抗がん剤などは使いませんから、体力もさほど落ちることはないと思います。

    鼻だけの手術なので、また病室でスクワットや軽い体操をして体力を温存する自信はあります。これなら、すぐに仕事にも復帰できると思いました。
    こんな選択肢があったなんて!!「もう一度、広範囲の検体をするのだと考えれば良い」と捉え、私は新たに示されたこの提案を受け入れることにしました…。
    I先生は、どうしても移植を受け入れられない私に、一段階ステップを用意してくださったのかもしれません…。

    武枝)情を差し挟まないセカンドオピニオンに引き換え、両先生の何という温情!成田さんの身になって、真剣に活路を模索して下さるなんて!クールな医師でありつつ、成田さんの人間性や心情まで細やかに汲み取って下さるI先生、O先生に感謝感謝です。

    患者さんにどう向き合うか、お医者さんにとって難題だろうとお察しはするのですが、患者の立場からすれば、もちろんドクターには的確に病状を把握しては頂きたい、けれど、八方ふさがりで逃げ場のない隅っこに患者を追い込んでまで「覚悟」を求めて欲しくはないですよね。少しでも心に“糊しろ”が持てる程度に留めておいてもらえたら有難いのですけれど。ストレスを溜めるのがよくない病気だと言われているのに、病状の説明を受けたり、決断を迫られたり、それまでにいろんな検査を受けたり、それだけでもう“ヘビー・ストレス”だよ~。

  • 3-7 心だけは病気に支配させない

    成田)引っ越しも誰かにに相談すれば反対されたでしょうね。でも、「結果がはっきりわかるまで前に進んでいれば良い!」と決めると、体の底からエネルギーが湧いてきました。長年お世話になっている不動産屋さんの女性社長に全てを話すと、「うちは、良い部屋を探すことで成田さんを応援します!」と言ってくださいました。そして、学校は今月からスタートするクラスの受講続行を決め、教科書を買い足しました。仕事も「全て私ができる!」ことを疑わないことに決めました。その時はその時だ!今から最悪の治療の準備なんかするもんか!(笑)

    「心だけは病気に支配させない」が前回からの私の信条だったはず。病気に怯えて小さくならない!したいことをして、会いたい人に会う。
    武枝さん、このように考え方と行動を変えたことで、今の私は本当に元気です。これまでも奇跡を起こしてきた自分の力も信じています。私がそのように考え動くと、たくさんの人が力を貸してくださいます。改めて、大切な人のことや、自分自身が大事にしていることについて深く想い直しています。
    そのことは一度目の復活時点でわかったつもりでいましたが、人間とは忘れやすい生き物です。いえ、私がそうなのかしらね。このあと、どんな結果が待っているかはわかりませんが、私は今、自分の中に「悪いもの」の存在を感じられないのですよ。どんな経過を辿ろうと、どんな結果になろうと、このやりとりは必ず希望に向かうと信じています。「希望」とは、ハッピーエンドのことではなく、今いまの心の持ち方の中にあるものではないでしょうか?

    武枝)あのね、ユダヤ人の菓子職人さんの話なんだけど、1939年のナチ・ドイツのポーランド侵攻により、アウシュビッツに2年間収容されたイスラエル・クリスタルさんという方が、生き延びて運よく救い出され、113歳という世界最高齢まで存命されたそうで。収容所で妻子を失くされたけれど、再婚し、2人の子供さんがいて、そのうちの娘さんがね、「(父は)楽観主義者で、あらゆる物に希望と美徳だけを見い出していた」って。新聞記事で読んだのだけど、ああ、そういうことのできる人がもうひとりいるぞって。それが成田さんだ~!   

    成田)うわ〜!まいるな〜。う〜ん、私は「楽観主義」なのかなぁ。悲観的でないのは確かですね。「希望」は常に根拠なく持っています。でも「美德」というのはどうでしょう。 一つ自信を持って言えるとすれば、悲しみや苦しみにぴったり張り付くように隠れている深い幸福感を見つけることは得意かもしれません。だからと言って、冒険家のように苦しみに挑んだり望んだりする気持ちは全くありませんが、実際のところ、その体験があってこそ気づける感謝の気持ちや、ちょっとしたことに感じる幸福感があることもまた事実です。「うれしい、たのしい、だいすき」の感度が上がると言いますか、女神様がそこここにいらして、微笑まれているような気がします

    武枝)そう、成田さんは、楽観主義者ではないですね。完成度を上げるために常に知恵を絞ったり、心を砕いたり、努力を惜しまない生き方をしているからといって、必ずしも完璧主義者であるとは限らないように。なぜなら、成田さんに湧きあがる感情の“音色”は楽観の一色(ひといろ)じゃないから。眩いくらいに白一色の時もあるけれど、ある時は黒煙まじりの炎色、かと思えば、成田さんが着物の帯に締めたら似合いそうな錆の効いた鈍(にび)色、そして、玉虫の翅が放つ虫襖(むしあお)のように光によってさまざまな色に見える!ほんと重層的ですからねぇ。

    それに、《悲しみや苦しみにぴったり張り付くように隠れている深い幸福感を見つけることは得意かもしれません。》と。こんな深い言葉、成田さん以外の誰が発することができるでしょう。

    しかも、続けての《冒険家のように苦しみに挑んだり望んだりする気持ちは全くありませんが、実際のところ、その体験があってこそ気づける感謝の気持ちや、ちょっとしたことに感じる幸福感があることもまた事実です。「うれしい、たのしい、だいすき」の感度が上がると言いますか。》だなんて!目が覚めるほどに素晴らしい感覚ですね。

    成田)私が社会復帰できるよう、懸命に考えてくださるドクター。毎回、診察室で寄り添ってくださる看護師さん(がん告知を受けた患者さんに寄り添うことに特化された看護師さん)。笑声®レッスンをしている時のエネルギーの高まり。一つ一つの仕事のありがたさ。自分の想いを正直な言葉で表現できるこのやり取りの高揚感。30年以上前に武枝さんと出会った意味。友人の心に刺さる言葉やさりげない心遣い。数えたらキリがありませんが、それら一つ一つに心が躍り、その瞬間瞬間にワクワクしている自分がいるんです。不思議なことです。

    武枝さん、強運レデイースのY子さんを覚えていますか。「臍帯血移植」しか助かる道はないと宣告された人です。3ヶ月の過酷な治療を受け退院されて3年。今ではしっかり職場に復帰されています。「また人生の時間が止められてしまうなんて!」と愚痴ってしまった私に、こう言ってくださいました。「成田さん、80歳までは仕事するでしょう。だったら、今年1年くらい治療に使っても大したことはないですよ」って。
    Y子さんにそう言われると、「そうねぇ〜」なんて納得してしまいます(笑)カフェで「生き方戦略会議」を二人で開催し、未来について話していると、いつの間にか4時間半が過ぎていて、お店の方が伝票を持っていらしてレジへと促されてしまいました。恥ずかしい(笑)

    Y子さんの聴く力と私の笑声力。その声と言葉を自分の耳(脳)が聞いています。次第に希望しか感じられなくなりました。 決して病気に心を支配させない。結果が出るその時まで、いつも通りに過ごしていようと思います。その時はその時だ。あっ!これはやっぱり楽観主義かしら〜。

    武枝)はい、覚えていますとも!強運レデイースのY子さんは、会ったことがなくても、伝(つて)に聞いただけで、私にとって忘れられない大地のような存在になっています。Y子さんのような方が、この世にいらっしゃるというだけで心が平らかになります。

    「希望とは、ハッピーエンドのことではなく、今いまの心の持ち方の中にある」って、“希望という中心”を成田さんが持っているからこそ、その中心を共有する人たち(ドクターも、看護師さんも、Y子さんも、不動屋さんも、他のいろんな周囲の人たちも)が、成田さんのことではありつつも、自分のこととして向き合って下さってるのではないかしらと愚考するのです。

    数学で習っている時には気づかなかったけれど、これぞ、奇跡を起こしうる「同心円」でのエネルギーの重なり合いではないかと実感しています。

    成田)なるほど!同心円かぁ!私は言葉にはできませんでしたが、確かにそのようなエネルギーの中にいるように感じることがあります。エネルギーの中心にあるのは「希望」ですね。人は本来、希望に向かって生きたい生き物なのではないでしょうか。だから、希望のエネルギーを中心に持つ人同士が引き寄せあい、繋がり、さらに大きなエネルギー体になるようなイメージが浮かびました。これは強力ですね!だから、深いところで感じる幸福感に包まれるのかもしれません。いえ、そうに違いないです。
    武枝さん、その「希望のエネルギー」は、私の気持ちを変えただけでなく、現状をも好転させているのかもしれません。

    武枝)来たァ~~~!

    成田)先日、がんを検査する方法の一つである「PET検査(陽電子放射線断層撮影)」を受けました。簡単に言うと、全身の細胞のうち、がん細胞だけに目印をつけるという検査で、かなり小さな早期がん細胞まで発見できるというものです。その結果を聞きに行った日、主治医のO先生の第一声は「成田さん、良いお知らせです」から始まりました。
    なんと!PET検査では、全身のどこにも「がんらしき目印」はつきませんでした。2015年に初めてこの検査を受けたときは、鼻の奥がはっきりピカッとオレンジ色に光っていました。でも、今回はどこも光っていないのです。私はしばらく、自分の全身の画像をまじまじと見つめていました。

    武枝)知り合いに兵庫県のPETセンターに関わる方がいらして、その方からのお話を聞いて少しの知識はあったのですが、“ピカッとオレンジ色に光って”ということは知りませんでした。2015年に、成田さんがその光を見た時の気持ちを想像しただけで頭がくらくらします。MRIの他にもいろんな検査を受け、更に、長時間のPET検査のために、多量の放射線を浴びて、大変な思いをしたのよね。検査だけでも肉体的、精神的に疲れ果てたことでしょう。それにしても、なんと嬉しいお知らせ!

    成田)先日まで「骨髄移植しかない」との説明を受けていたのに、一気に可能性が3つに広がりました。一つは「経過観察」。二つ目は「抗がん剤だけを投与する」。3つ目が「やはり移植する」。私にとっては、目の前がぱ〜っと広がるような希望を感じました。さらに数日後、鼻の奥を内視鏡で診てくださっていた耳鼻科のドクターも、「腫瘍のあったところが綺麗になってきています!」とおっしゃったのです。

    私はすっかり舞い上がり、「奇跡は起こった!」いえ「起こした!」とさえ思いました。
    すぐに武枝さんにお電話しましたね。武枝さんの「やった〜」という声を聞いて、二人で喜び合い、さらにエネルギーがアップするような思いでした。でも、すぐにクールダウンすることになります。
    ドクターがおっしゃるには、やはり「病理検査の結果が一番」なのだそうです。鼻の奥に怪しきものがあった事実は事実。一旦見えなくなっても、全身のどこにまた出てくるかわからないのが「血液のがん」だと。それでもね!選択肢は広がったのも事実です。私にとっては大きな希望です。だからこそ、病理のセカンドオピニオンを受けることにしました。

    O先生からお預かりした紹介状には、「病理検査の結果が正しいかどうか」「移植以外に治療方法があるか」などの質問も書かれていました。ありがたいですね。そして、ご準備いただいた、これまでの経緯レポート、全ての画像検査結果、病理標本などを大事に抱えて、その足でセカンドオピニオンの手続きに行ってきました。結果が出るまで2週間ほどかかります。でも、今の私はとても冷静です。見解が示される日まで、普段通り前向きに過ごしながら、自分でしっかり選択したいと思っています。医学は日進月歩ですが、データはデータにすぎません。まだまだ説明のつかない「精神と体の関係」「希望の力」も、私は信じています。

  • 3-6 まだ何を試されているのか

    成田) 武枝さん、今回は、返信までに少し時間をいただいてしまいました。私の中で、再び目を覚ました”らしい”ものを受け入れられず、思考が定まりませんでした。その都度感じるままに書けば良いと思いながらも、やはり私という人間は、きちんと自分が受け止めていないものについては、「言葉にすらできない」ということに改めて気がつきました。書けなかったんです。でも、やっとこうして言葉にできるようになりました。

    「目覚めた”らしい”もの」 とは、2015年に闘病したのと同じ「鼻型NKリンパ腫の再発」 ということです。

    12月25日、武枝さんが私の復活祝いのためにわざわざ大阪から来てくださった翌日、私は鼻の奥の粘膜を採取し、病理検査に出しました。結果を待つ心境については、先にここに書いた通りです。奇跡を祈りつつ、結果を受け入れる心の準備もしていました。
    2018年1月16日は、新年最初に血液内科を受診する日。朝からず〜っと心臓がドキドキしていました。「心の準備をしている」なんてエラそうに言っていても内心は息苦しいほど緊張していました。

    そして私は病院の待合室で、このあと伝えられるだろう結果を感じ取っていました。その日、いつになく待ち時間が長いこと。廊下でドクターと目が合った時の笑顔の硬さ。「もう少しお待ちください」と言われた声のトーン。いつもと少し違うのです!血液内科の他のドクター達のわずかなアイコンタクトの短さなど。「思い過ごし!」と人は言うかもしれませんが、いえいえ!私は確かな違いを感じ取りました。

    そして診察室に通された時、初めてお会いする看護師さんが、真剣な表情で立っていらっしゃいました。そのお顔を見て状況を確信しました。
    その看護師さんは、「がん相談支援センター」の看護師さんで、患者や家族の話を聞くプロです。シングルの私は、いつも一人で考え決断してきましたが、この日から、看護師のTさんに精神的なサポートをして頂けるとことになりました。

    さて、私の確信通り、O先生から「ほぼ再発だろう」と言う説明を受けました。「病理組織診断報告書」には、「前回と同じタイプの悪性リンパ腫であると考えて”矛盾”がない」とありました。
    通常こういう言い方をするものなのだそうですが、言葉にこだわる私は「矛盾がない」という表現の意味が理解できず、どこかにまだ可能性を見つけられないかと思ったのかもしれません。「矛盾がないってどう言う意味ですか?決定ではないと言うことですか?」なんて、妙なところにこだわっていました。この報告書を作成された方は、病理検査の専門家で、患者を直接診るお立場ではないので、そういう表現になるということで、それは、病理的には限りなく「黒」だと言うことなのだそうです。

    頭で理解できても、私の感情は納得しません。「先生、悔しいです。再発したくなくて、あんなにハードな治療を最後までやり切ったのに!」「退院から2年、やっと体力を取り戻してきたのに!これからやりたいことがいっぱいあるのに!またゼロからですか!」何に対してかわからない大きな憤りと悔しさがこみ上げてきて、ドクターに感情をぶつけてしまいました。言葉が詰まり、涙が溢れました。看護師さんが、私に寄り添いティッシュペーパーをそっと手渡して下さいました…。

    武枝)そうだよね。再発したくなくて、ハードな治療も成田さんは耐えて耐えて耐えて耐えて、最後までやり切ったというのに……

    その最中に、成田さんの体力が落ち過ぎ、これ以上治療を進めるべきかどうかのカンファレンスが開かれて、継続した方が良いという意見と、これ以上無理ではないかという意見に分かれたのよね。主治医のO先生は「僕は、再発させないためにも、今叩けるだけ叩いておいた方がいいと思いますが、やはり、成田さん自身の気持ちが1番大切だと思います」とおっしゃった。それを聞いた成田さんは即答したんだよね。「私なら大丈夫です!O先生のお考え通り、ここで最後まで叩いてください。」と。そして、「先生、私ね、クリスマスに退院して、その日シャンパンで乾杯しますから」って。O先生も「わかりました。一緒に目指しましょう!」そうして、治療は続行された!

    そこまでの覚悟で治療に臨んだ成田さんだけに、今の気持ちに思いを馳せるといたたまれなく、心臓の音が頭の芯まで響いてきています。

    成田) 武枝さん、2015年に初めての告知を受けた時より、私には「再発告知」はショックでした。
    O先生は私が落ちつくのを待たれてから、今後の治療について説明されました…。前回ギリギリまでの量の放射線を鼻に照射しているので、もう放射線は使えないこと。これ以上の放射線は顔の組織を破壊してしまうだろうこと。そこで、今回の治療は「骨髄移植になる」というお話でした。それは、前回の抗がん剤に加えて、最後に強い抗がん剤を使うため、自分では血液を作り出せなくなるというハードな治療です。その骨髄移植には2種類あって、一つは「骨髄を人からもらう方法」。もう一つは「自分の骨髄を凍結しておいて抗がん剤投与後に戻す方法」。どちらかを選択しなければならないという説明を聞いて、私はその場で即答しました。「先生!私は自分の血液で闘うことしか考えられません」と。ドクターの説明も、その方が、拒否反応がなく、治療期間も短くて済むだろうということでした。でも病気を作り出した自分の血液を戻すのですから、健康な人の骨髄を移植するより、再発する確率は高いというリスクがあるそうです。

    武枝さん、でもその二つしか方法がないなら、私には、答えは一つしかありません。”自分の血液に賭ける!”という選択です。そこで、もう一つ質問しました。「先生、これは、なんのための治療ですか?この治療をすれば私の体は元に戻るのですか?」と。

    O先生は、力強く即答されました。「もちろんです!僕たちは成田さんを社会復帰させるための治療を考えています」と。
    その「社会復帰できる」という言葉が私に刺さりました。それなら、もう一度…頑張ることができるかもしれない…。という気持ちが芽生えてきました。
    とはいえ、鼻に小さな腫瘍が見つかっただけで、体はとても元気なのです。2年かけてここまで復活した体に、またそんな強い抗がん剤を使い、血液をゼロにするようなハードな治療をする必要が本当にあるのか?その方法しかないのか?この現実をすぐには受け入れられません。
    するとドクターは、私の気持ちを察して、骨髄移植の設備がある専門病院に病理検査のセカンドオピニオンを依頼してはどうかと勧めて下さいました。今回の検査結果を疑うわけではありませんが、2箇所で調べて同じ結果なら、納得が行くかもしれません。もちろん!異論などありません。お願いすることにしました。今も様々な検査を続けながら、O先生にデータを準備してもらっています。

    ここまでにしますね。多分、武枝さんのことだから、私と同じ精神状態になってらっしゃらないか心配です(笑)

    この後は、再発告知直後の私の情緒不安定状態から、現在の心境に至るまでの話をさせて下さい。

    武枝)当の成田さんの方が何百万倍何千万倍も大変なのに、私のことを気遣ってくださって……涙出るわあ~

    そして、O先生の、患者との向き合い方にも改めて感銘を受けます。成田さんの病状だけでなく、感情、人間性までも真正面から受け止め、成田さんの質問に対しても常に真剣に答えを投げ返して下さる!しかも、先生の方から病理検査のセカンドオピニオンを依頼するように勧めて下さるなんて! そして「僕たちは成田さんを社会復帰させるための治療を考えています。」と。なんと心強いお言葉!

    成田さんのショックは計り知れません。でも、成田さんはいつも必ず「再起」するのよね。成田さんが書いているように―――
    《私の中で、再び目を覚ました”らしい”ものを受け入れられず、思考が定まりませんでした。その都度感じるままに書けば良いと思いながらも、やはり私という人間は、きちんと自分が受け止めていないものについては、「言葉にすらできない」ということに改めて気がつきました。書けなかったんです。でも、やっとこうして言葉にできるようになりました。》って。

    その域に辿り着くのが、成田さんなのですね。思考が定まるまで諦めずに考え抜く。ああ、何と山深くまで分け入るのでしょう!

    成田)武枝さんとのやり取りも第三楽章まで書いてきて、どんなまとめにしようか、どんな未来を語ろうかと考えていたタイミングで、まさかまさかの「再発!?」という展開になってしまいました。あまりにも出来過ぎです。でも、これはリアルな現実なんですよね。何者かの意思があるようにすら感じてしまいました。

    私に「まだ何を学べというのか?」「何を試されているのか?」「何を経験しろというのか?」再発の告知を受けた帰り道、歩きながら、電車に揺られながら、様々な感情が交錯していました。悔しさで理由なく嗚咽してしまったり、いつもの景色が妙に美しく感じられたり、感情を受け入れながら、ただぼんやりと自分の心と向き合って過ごしていました。

    でも、まだ信じられない気持ちが大きく、「希望はある」という気持ちを強く持とうとしていました。武枝さんから何度かお電話をいただいたときも、元気な笑声で話していたと思います。無理していたのではなく、武枝さんとは言葉を選ばず話すことができるので、会話しながら、時に笑い飛ばしながら、元気になる自分がいました。そう!「通り過ぎた女神様も振り返らせて見せましょう」なのだと。
    でも一方で、告知を受け入れる準備も始めていました。ドクターは、「春以降の仕事は受けないほうがいいでしょう」とおっしゃいましたが、仕事をどこまで受けるか。すでに頂いているオファーをどうするか…。私が1番に行動したのは、今月来月の企業研修です。

    もし私の入院が早まった場合の代役を信頼できる人にお願いしました。そして、一昨年から通っている学校の休学届けを出す準備をし、予定していた引越しの中止など、入院に備えて動き始めていました。でもその頃から、「何か違うぞ!」と、もう一人の私が問いかけてきました。
    そして気が付いたんです!!「このままでは、再発を受け入れ、入院に向かってしまう!」と。まだ希望があると本当に思うなら、結果がはっきりするまで、「前に進んでいれば良い!」のではないかってね。

    そこで私はまず、引越し先の部屋探しを続行することにしました。もし入院するとしても、「あの部屋に戻る!」と決め、早く帰りたくなるような部屋に、体力のあるうちに引っ越しておこうと思ったんです。わたしったら、医療費や検査費用がかかるというのにです(笑)

    武枝)そうなの、そうなのよね。

    成田さんも書いているように、《このやりとりの最終コーナーに差し掛かったタイミングで、まさかまさかの「再発!?」という展開。「あまりにも出来過ぎです。でも、リアルな現実なんですよね。何者かの意思があるようにすら感じてしまいました。私にまだ何を学べというのか?何を試されているのか?何を経験しろというのか?」》って、私も、成田さんと同じ“問いかけ”をずっとしています。ドクターが危惧するほどまでに体力をすり減らして治療を続け、そのつどギリギリの選択をしてきたというのに。

    冒険家たちは、誰もができそうにない極限にあえて挑戦し、その体験を発信していくけれど、成田さんはそういうことに対する挑戦を望んでいるわけではないのだし。ただ、その状況になった時、どんな選択をすべきかという心構えはしておこうと思っているだけなのに、極限状況を課せられてしまった!そうなったらなったで、まるで冒険家がするような勇敢かつ思慮深いチョイスで、病気を乗り越えてしまったのよね。

    思うに、あまりにも、病気を克服する姿が天晴れだったから、再度、過酷な状況に成田さんがどう対処していくのか、天のどちら様かが見たがっておられるのかなあ。いっぱしの心構えを気取っている者でも、大方はいざとなれば悲鳴と白旗しか上げられないのに、天晴れな成田さんに二度も痛い目に遭わせるなんて、ひどすぎます。

    そんなことを歯噛みしながら考えていたら、成田さん、なんと、告知を受け入れ、入院に備えて動き始めていたことから一転。《「このままでは、再発を受け入れ、入院に向かってしまう!」。まだ希望があると本当に思うなら、結果がはっきりするまで、「前に進んでいれば良い!」のではないかって。》そして、引越し先の部屋探しを続行しているというお返事が届いた!

  • 3-5 再び私の時間を止めないで!

    武枝)わあ~成田さんも、ですか!夢心地というか、夢うつつというか……不可思議な充足感!お店で頂いた料理やワインの美味しさに、私、「これって!何!」ばかり連発していたけれど、それは、「何を話したのかさえ思い出せないほど、ただただ深いところで感じ合っていた時間」に対する実は歓声だったような気がしています。

    成田)うんうん!まさに「これって!何〜!」(笑)は料理のことではなかったのですね。

    このやりとりを書いている今は、熱が37.7度あります。高熱ではありませんが、だるいです。単なる風邪ならいいのですが、状況が状況だけに、初めて「悪性リンパ腫」が見つかった時とつい重ねて考えてしまいます。でも武枝さんの直感通り、私自身も”再発”している感覚は微塵もありません。

    ただ、冷静な言い方をすると、それが私の病気の特徴でもあるそうです。初めてのことなら、多くの人が軽い鼻風邪だと思うでしょう。でも、私は一度、その経緯を体験しています。発見の難しさゆえに手遅れになりやすい病気であることも知っています。だからこそ、ドクターも「怪しきは疑う」で、検査をしてくださっているのだと思います。今は、結果を待つしかありません。

    それでも私は、結果を聞くその日まで「希望」を捨てません。笑い話になっていることを今は信じています。でも、「再発の可能性がある」と言われた時点で、血液内科のO先生からは、再発だった場合の治療法について説明がありました。それは、以前の治療法だけではまた再発を繰り返すので、そのあとに「骨髄移植」をするというダメージの大きな治療法です。
    弱気になるわけではありませんが、その時、”私は何を選択するか”を、ぼんやりとですが考えています。怖くないというと嘘になります。怖いし怒りも感じます。だからこそ、その感情に負けないよう、少しだけ心の準備もしています。

    武枝)「少しだけ心の準備もしています」のその言葉、胸が痛くなります。

    成田)今、一番強く思うのは、2年前の退院から、私なりに頑張って体調と生活を取り戻してきたのです。私の今後の役割や進む道も見えてきたばかりです。また振り出しになんて戻ってたまるもんですか!あのとき私を導いてくださった何者かにお願いします。「どうか、再び私の時間を止めないで!」         

    武枝)そうよ!また振り出しになんて戻ってたまるもんですか!成田さんには、通り過ぎた女神が振り返って授けた大きな使命があるのですからね。

    危険と隣り合わせの職業をあえて自ら選んだ人たちって、万が一の状況を覚悟しつつ、予知して回避するすべを具えていて、その時の決断の潔さは、ある種、神がかっている気がするけれど、成田さんにもそれを感じます。
    ぎりぎりのポイントまで攻めて、いつも願いを叶えてきた胆力が成田さんにはある!そこに、私は希望の道筋を感じるのです。

    成田)私は、そんなすごい人間ではありませんが、武枝さんとのこのやりとりが、検査結果を待つ今の私にとって大きな支えになっています。ここまで、ゴールを決めず、気持ちのおもむくままにやりとりをしてきましたが、ゴールは希望に溢れたものになるに違いありません。「通り過ぎた女神様さえ振り返らせてみせましょう」と毎日何度も声に出しています。不思議な力と勇気と愛が溢れてきます。

    武枝)このやりとりが、検査結果を待つ今の成田さんにとって大きな支えになっているのだとしたら、私はこれほど嬉しく、光栄なことはありません。

    告白しますが、これまで、不届き千万ながら、自ら進んで、人のためになりたいとか、誰かの支えになりたいなどということを思ったこともなく生きてきました。逆説的かもしれないけれど、ある意味、そんな不埒者としての自分に忠実だったからこそ、粉飾することなく、真っ向から成田さんに向き合えたとも思うのです。そして、こういう形で、検査結果待ちの見えない不安に対してタッグが組めたことに感動しています。

    どうか、この一連の出来事が笑い話で済みますように!

    成田)武枝さんが不埒というなら、私も随分自分勝手に生きてきました。だからこそ深いところで響き合えるのかもしれませんね。というより、言葉を選ばず自分のままでいられる気がします。

    武枝)そうなのよねえ。まったく齟齬が生じない!自分の言いたい事がそっくりそのまま伝わるって、難しいことなんだけれど。

    成田)武枝さんとのやりとりは、大きな大きな支えですとも!最強のタッグですよ。二人で笑っていれば、きっと女神様も仲間を連れてこられて、またまた天の岩戸を開いてくださるに違いありません。そのことを予感させるように、昨日右耳の鼓膜に入れていたチューブが突然抜けたんです。放射線の影響で、中に溜まっていた水が乾いて、もうチューブなしで音が聞こえるかもしれないそうです。嬉しかったな〜。でも、喜んだのも束の間、一夜明けると、今日は自分の声がこもって聞こえます。

    岩戸が開けば、この声もクリアになるかしら。今週には病理検査の結果も出るでしょう。明後日は、転移がないかを綿密に調べる全身MRI検査をします。この山を越えたら、薄紅色の沈丁花が咲き誇っているかしらね。

    武枝)私は、そうだと信じています。これ以上何を天が、成田さんに厳しく試さなければならないことがあるというのでしょう。どうか、いい結果が出ますように! 万が一、疑わしいと一度出たとしても、セカンド・オピニオンで覆ることがある!

  • 3-4 女神様も振り返らせてみせましょう!

    武枝)病気で失ったものをどのようにして取り戻したのかを質問したわけですが、愚問でした。成田さんの“今”ある姿は、成田さんが病気になる前から心がけ、すべて習慣としていたことなのですね。だから、 特別なことは何もしていませんとしか言いようがないわけですよね。

    すっきりした体型、豊かな表情、笑声を保つ秘訣は、 歯磨きをするぐらい自然な朝のルーティンと、日常のひとコマひとコマ(呼吸、姿勢、歩き方)の立ち居振る舞いを心がけた「勝手に筋トレ!」を習慣化することですね。「ローマは一日にして成らず」。今日からでも遅くはない。私もそのトレーニング法!を取り入れ、ゆっくり時間をかけて、自分を育てていくことにします。

    成田)「ゆっくり時間をかけて、自分を育てていく」って、なんて素敵な言葉でしょう。生きるとは、ただただ今の自分を慈しみ続けることなのかもしれませんね。

    武枝)「ゴキブリ体操」なんかは赤ちゃんからお年寄りまで誰でもできますしね。日本国中の人が成田さんに倣って朝起きがけにゴキブリ体操をしている風景を想像して、ひとり笑っています。やってみたら、ホント、体中の血のめぐりがよくなり、毒素が手足の指先から飛び散って出ていくのを感じます。

    成田さんは、病気の時の苦痛を笑いに変えていたけれど、トレーニングについてもやはり同じですね。ゴキブリ体操なんて名前をつけて楽しみ、「ねっ!気持ち良いことをしてるだけでしょ。」ってニッコリしてる。どんな時でも「楽しく気持ちよく」するための魔法を必ず仕掛けますね。

    成田)なるほど!魔法かもしれませんね。私には「笑い」「ユーモア」はとても効果的な魔法です。武枝さんの魔法は何かしら?私には、どこにでも飛んでいける「自由な想像力」ではないかと思うことがあります。

    武枝)そうなのよねえ、想像・空想は私にとっても、魔法かもしれません。そして、最高の娯楽でもあります。おもちゃは不要。お金も不要。道具も不要。この身ひとつさえあれば、時と場所を選ばず楽しめますし、とどまるところを知らずストーリーを膨らませ、羽ばたけますからね。

    それから、脳科学者ではないので、もちろん何も確証はないのですが、自分の言動を振り返って、脳のどの部分がこういう振る舞いを指令したのか、あっ、これは私の中の爬虫類脳が発動したとか、動物脳のなせる業とか、人間脳が働いたのかな、とか、思い巡らしていますね。

    成田)ほらほら!ねっ、それそれ!

    武枝)でも、最近になって分かったことが、今まで人間の司令塔だと思われていた脳が、実は絶対王者ではなさそうだって、iPS細胞の開発でノーベル生理学・医学賞を受賞された山中伸弥さんが話しておられました。あらゆる臓器や細胞から出されているメッセージ物質ANPの存在が次々と解明され、脳からの指令を待つまでもなく、必要に応じて、直接、臓器同士で情報を交換し合い、お互いに会話しながら調整しあって、生命の維持のコントロールをしているそうです。それを聞いて、なんだか嬉しくなっています。

    おそらく、成田さんは入院中、ドクターたちとの会話だけでなく、臓器同士でも、頻繁にメッセージを交換し合い、治癒するためのいいアイデアを出し合っていたのかもしれないなあって想像したからです。

    成田)素敵な想像ですね〜。確かにドクターとの会話も大切ですが、心臓の異常を始め、説明のつかない不思議な身体反応が色々起こりましたものね。自分の内側で交わされている会話を聞けるのは自分だけではないかと思います。

    そして、これまで当たり前にあった聴覚や味覚や声さえも失いかけた時には、他の器官が補うべく助けようとすることも体感しました。無くなった髪も体力も、ゆっくりではありますが自分自身の力で取り戻そうと頑張っていました。そんな一つひとつが愛おしく、「ゆっくりでいいよ!」と思わずにはいられません。「すぐに〜できる〜」など無くても、私たちの生命は、どんな時も再生に向けて頑張っています。その営みは感動に満ち満ちています。

    武枝)本当に、感動の一語に尽きます。物言わぬあらゆる臓器や細胞はしばしも休むことなく、黙々とメッセージ物質のやり取りをして、当の本人にことさら自覚させようともせずに命を支えるために頑張ってくれているのですものね。だからこそ、「自分の内側で交わされている会話を聞けるのは自分だけではないかと思います。」という成田さんの言葉がずしりと胸に残ります。少なくとも自分の内側で交わされている会話を聞こうとする姿勢や、聞き取るために五感を研ぎ澄ますトレーニングは、人としての務めかもしれません。

    五感を研ぎ澄ませば、今まで気づかなかった次元と繋がるかもしれません。成田さんはすでに板についていましたが、大病を経験したことによっても更に洗練されていってますね。それは、「勝手に筋トレ!」を習慣としているように、どんな状況でも、自分の内側で交わされている会話に耳を傾けることを怠らなかったからなのでしょう。

    成田)子供の頃は、耳を傾けるというより、自分の内側で交わされる会話に戸惑ったり、怖れを抱くこともあって、悪夢を見たり、時に妄想の世界で独り言を言ったりして(笑)「私って、ちょっと変なのかな?」と思ったこともありましたけど、いろんなことを経験しながら内なる会話を重ね続けて、最近ようやく違和感がなくなってきた気がします。10数年前、「答えは自分の中にある」ことを大前提とした「コーチング」というコミュニケーション手法に出会ったことも一因かもしれません。

    私は、コーチングの究極は「セルフコーチング」だと思っています。「コミュニケーションには大きく分けて2種類あって、一つは自分と他者の間で交わされる会話。もう一つは自分と自分の内側で交わされる会話。この後者がうまくいくようになると、自分の感情がコントロールしやすくなり、他者との会話もスムーズになる」と考えています。

    武枝)何という深遠なる考え!

    しかも、その境地に至るまでのプロセスを《「いろんなことを経験しながら内なる会話を重ね続けて、最近ようやく違和感がなくなってきた気がします。10数年前、「答えは自分の中にある」ことを大前提とした「コーチング」というコミュニケーション手法に出会ったことも一因かもしれません。」》と謙虚に、更に的確に分析してる!

    更に更に「他者との会話」の極意まで簡潔で分かりやすい言葉で披露している!

    「倫理と無限」という著書で「他者」の「顔」と語ることの重要性を説いたフランスの哲学者エマニュエル・レヴィナス(1906~1995)さんがこれを聞けば、 きっと目を丸くされるんじゃあないかしらね。いや、唸るかもしれない!

    成田)え〜!そんな〜!哲学者に唸られても困ります(笑)でも魅かれるタイトルとテーマですね。恐る恐る著書を手に取ってみたくなりました。私はテレビの時代に、「他者との会話」や「自分の言葉の発信」から先に修行することになってしまいましたが、あの頃はまだ他者とも自分の内側とも一致しない自分の不確かさと戦っていた気がします。自分の言葉と自分の内側がしっかり重なる感覚を探していたのでしょう。

    武枝)そこですね。私たちが著しく共感するところは。子供の頃から自分自身の内部にも違和感を感じていましたから。成田さんの言葉通り、《「自分の内側で交わされる会話に戸惑い」、「他者とも自分の内側とも一致しない自分の不確かさと戦っていた」し、「自分の言葉と自分の内側がしっかり重なる感覚を探していた」》。そして、今も新しい自分の声に耳を傾け、しっくりくる言葉や表現方法を探し続けている。それは生きている限り続く大きなテーマなのだと思っています。

    成田)そのテーマは実に摩訶不思議です。退院してから、放射線の影響で耳が聞こえにくく、両耳の鼓膜を切開してチューブを埋め込んでいます。これが時々抜けてしまい、音が聞こえ難くなる時がありますが、ところが不思議なことに、外の音が聞こえ難い時ほど、内なる声の感覚が研ぎ澄まされることに気づきました。身体は本当に互いにバランスを取り合っていて、私たちに大事なことを教えてれます。

    武枝)「外の音が聞こえ難い時は、内なる声の感覚が研ぎ澄まされることに気づきました」って、またまた素晴らしい発見ですね。というか、成田さんらしい気づきですよね。困難なことを嘆くのではなく、それは次のステージに進むための前提と捉える。そして、進み、新たな感動を見つける。いつもそう!

    成田)いつもそう!ですか〜。言われてみれば、確かにそうですね!武枝さんの言葉が私の内なる声に聞こえてきました(笑)

    数ヶ月前から、あまり好ましくない出来事が続き、疲弊しきっていた時、不思議なことに鼓膜の奥に炎症が起こり、チューブにかさぶたが張り付いて耳が聞こえなくなりました。私がジョークで「耳の神様が天岩戸にお隠れになったわ」と武枝さんにメールをすると、「天岩戸の前で踊るにふさわしいダンスがある!」とご紹介くださった公演がありました。そのダンスは、まさに私たちの言いたいことと重なるものでした。そして真っ暗な舞台中央に立つ女性に、スポットライトの薄明かりが少しずつ差し込むように、私の天の岩戸も開きました。この出会いは偶然ではありませんね。

    武枝)ホントに不思議なぐらい繋がりましたね。

    耳が聞こえなくなったことの報告が、天岩戸に例えられていたから、天岩戸を開かせた芸能の女神アメノウズメと、勅使河原三郎さんが主宰するカンパニー「カラス・アパラタス」のダンサー・佐東利穂子さんが結びついたわけです。しかもその時、タイミングよく佐東さんのソロ作品「顔」の公演が東京であった!

    佐東さんのダンスを一言では言い表せないので、師の勅使河原さんの言葉を借りると「葛藤し、自分を追い込みながら、瞬間瞬間の感覚を的確にとらえていかに必然性を創っていけるか。そのためには全体を俯瞰した価値観や世界観を持っていないと瞬間の必然性を捉えることができない。瞬間にどうやって焦点を合わせられるか、そして変化しながら進むことをダンサーに求める」という、そのお師匠さんの要求を常に超えるダンサーなんですね。

    佐東さん自身、インタビューで「着地点は何?」と聞かれると「着地したくないですね、着地しないで、どんどん軽くなりたいです」と答えるような方で、成田さんの生き方と通じるところがあると思うのです。大阪にいる私は残念ながら「顔」の公演を観ることができなかったのですが、成田さんがそれを観て、天岩戸が開いたって聞いて安心しました。

    成田)「葛藤し、自分を追い込みながら、瞬間瞬間の感覚を的確に捉え、いかに必然性を創っていけるか。そのためには全体を俯瞰した価値観や世界観を持っていないと瞬間の必然性を捉えることができない。瞬間にどうやって焦点を合わせられるか、そして変化しながら進むことをダンサーに求める」勅使河原さんのその言葉に痺れます!生きているのは「今、この一瞬だけ」なんですよね。瞬きほどの一瞬に何をどう捉えるか。そういう感覚にゾクゾクします。私たちに同じ瞬間は二度とないから、日々進化するから、「アップデイトダンス」なのですね。あの日あの瞬間の佐東さんを天の岩戸を開け放ち、しっかり観させていただきました。私も、アップデイトしながら生きたいです。命の終わりのその瞬間まで…。

    武枝さんが、私を思って詠んでくださった一句がありましたね。
    「初蝶や谷渡り野を自在なる 幸子」
    今、この句が急に心に浮かび、軽やかな風が吹き抜けて行きました。改めて、素敵な句を、ありがとうございました。

    武枝)わあ、なんだか嬉しく、楽しくなってきました。
    生まれ直した成田さんが、ウイットや独創性、冒険心……ありとあらゆる持ち味を生かしながら、これからどんなに軽やかに、日々、いや瞬間瞬間アップデイトしながら、自在に生きていくのか、想像するだけで浮き浮きします。

    アサヒホールディング会長兼CEOの泉谷直木さんが次に起こることを予測することの重要性を「チャンスの神様の前髪を掴む」とか「時間を迎え撃つ」という言葉で説いていらっしゃるのを、これまたつい最近新聞で読みました。こんな能力が自分に具わっているとは思わないけれど、危ない橋と分かりつつも渡り、際まで行って確かめたいタイプの者が軽やかにアップデイトするためには、こういうことも心しておいた方がいいんだろうなあとぼんやり思っています。

    成田)武枝さん、私も「チャンスの神様の前髪を掴む」という言葉を誰かが言っていたのを聞いたことがありますが、私はその時思いました。「前髪を掴むのではなく、通り過ぎた女神様さえ振り返らせてみせましょう」って(笑)いかがです?天邪鬼ですよね、私。

    武枝)いいね!いいね!いいぞ~!いいぞ~!もし、このやりとりが一冊の本にできたら、タイトルにしたいぐらいの名言です。「通り過ぎた女神様さえ振り返らせてみせましょう」の文字で埋め尽くす表紙をイメージしてしまいました。

    成田)すてき!少々うぬぼれかもしれませんけどね。そういう自分自身で在りたいと思います。私は、神様の前髪を掴むなんて大それたことはできません!一瞬のタイミングを捉える大切さを表した例え話だとは思いますが、随分乱暴で強引ですよね。もし私が神様なら、いきなり前髪を掴むような人に微笑みたくありません(笑)

    武枝)確かにそうですよねえ。ああ、いい香り!と、女神様が振り返ってみたら薄紅色の沈丁花が咲いていたって、そんな感じ、ね。

    成田)薄紅色の沈丁花かぁ〜!その香りに誘われ、女神様も優しく手を差し出し顔を近づけたくなりそうですね。そんな花になりたいものですね。

    ところで、武枝さんとのこのやりとりは、ここ3年間くらいに、私の体に起ったことを中心に据えて書いてきました。先日武枝さんが東京に来てくださって、私の復活祭をお祝いしてくださいましたね。あの前日まで微熱が続いて体調が優れなかったのに、翌朝目覚めると絶好調でした。武枝さん効果ですね。でも、「どうしてもあの日にお会いしておかなければいけないと思ったんです。理由はわかりません。」

    その楽しかった翌日は、いつもの耳鼻科の診察でした。そこで「成田さん、鼻の奥に肉芽があります。リンパ腫が再発しているかもしれません」と言われました。
    「まさか!」と「とうとうきたか!」の両方の感覚。2日後に鼻の奥の組織を3箇所ほど剥がし、ホルマリン漬けにして専門機関に検査に出して頂きました。

    これがね〜、痛いんですよ!!ドクターや看護師さんが、「頑張って!動かないで!」と励ましてくださいますが、意識が遠くなりそうでした。こんなに医学が進んでいても、まだこんな痛い検査があるなんて信じられません。心配して覗いてくださった血液内科のO先生は、翌日、「成田さん、痛かったでしょう?僕は医者ですが、辛くて見ていられませんでした」とおっしゃっていました(笑)
    また耳鼻科のI先生は、処置後、涙ポロポロの私にティッシュペーパーを渡しながら、「ホントにごめんなさい。いつもいつも泣かせてばかりですね」なんて言ってくださいます。
    こうしたドクターの優しい言動はお薬より良く効きます。辛さ痛さを忘れて感動してしまう私です。

    武枝)処置をして下さって「いつも泣かせてばかりだね」ってティッシュペーパーを渡して下さる耳鼻科のI先生、心配で耳鼻科を覗いて下さって、「僕は医者ですが、辛くて見ていられませんでした」とおっしゃる血液内科のO先生。有難くて涙が出ます。こんな素晴らしいドクターがいらっしゃることに心が震えます。そして、そんな先生方の誠意に応える成田さん。そんな成田さんにだからこそ、精一杯のことをしないではいられなくなるのだと思います。

    私は身体的には成田さんと同じ次元には立てないけれど、このやりとりによって、精神的にはほぼ同調するようになっているような気がします。

    書物を読んでいる時にも、会ったことのない作者の心情と自分自身がシンクロした気分になることはよくあるのですが、ましてや成田さんとは仕事を一緒にし、飲み歩いた悪友でもあり、語り合った深い?仲です。だからでしょうか、病気を笑顔で克服してきたことのしなやかさに対して天晴れ!と思い、成田さんの心根の深さに改めて唸りつつ、この3年間に成田さんが味わったことを自分も体験したかのような気持ちになっています。

    そして、成田さんの体調の変調が大阪にいる私に伝わってくるのよね。で、矢も盾もたまらず、電話をかけたこともたびたびありました。電話をかけると、いつもの溌剌した「武枝さん~!」の笑声(えごえ)にホッとしながらも、心の奥底で不安はずっと消えないのよね。

    あろうことか、復活祭を明日に控えた日に、一番聞きたくない「2文字」の疑いがあるって、聞くことになるとは……

    でもね。成田さんの復活祭のために上京して、8ヵ月ぶりに会ってね。私、安心したの。直感で成田さんは大丈夫って、そう思った!不安な気配を微塵も感じなかったから。全身からマグマの力が溢れ出ていたから!

    成田)そうですね!あの日、武枝さんと過ごした数時間は、確かに私の深いところからマグマが溢れ出るような熱さと、それでいて初蝶が時空を超えて自由に舞っているような軽やかな風を感じていました。一緒にテレビで仕事をしていた若かりし日のようでもあり、朝方まで飲み歩いた輝く青春時代のようでもあり、再会してからの”たった今”でもあり、何を話したのかさえ思い出せないほど、ただただ深いところで感じ合っていた時間でした。現実にこんなことがあるのですね。

  • 3-3 無理なく「勝手に筋トレ」法

    武枝)成田さんって、病気をしたことすらもプラスにシフトしちゃうんですよね。くよくよしたり、嘆く方向を着地点にはしない。大病を通して何にも代えがたいプレゼントを受け取り、《「生き方が声に現れる」「地声こそ生き様が伝わる」》という核心を掴んで、これから笑声のプロとして進んでいくダイナミズムに拍手を送りたい、ですね。

    成田)ダイナミズムですか!力がみなぎる有り難い言葉です。

    さて、ガリガリに痩せた体についてもお話ししますね。とりあえず、入院前に着ていた洋服や靴はブカブカで、全て着られなくなりました。退院後、量販店で初めて買ったブラックジーンズは、大人用のSサイズでも大きいくらいでした。

    武枝)Sサイズでも大きいくらいでしたか。「あらら~!」と苦笑している成田さんの顔が目に浮かびます。
    声を復調させるのはその道のプロですからお手のものだと思いますが、退院からわずか1年余りで溌剌とした体をどのようにして甦らせたのか、成田さん独自のレッスン・テクをまたまた編み出したのでしょうか。

    成田)武枝さんをがっかりさせるかもしれませんが、一言で言えば、レッスンテクなど何にもありませんでした。私はただ、ガリガリでふらふらの自分の体を見てこう考えました。
    「せっかくここまでダイエット出来たのだから、体型を変えるチヤンスだわ!そうだ、たるんだ皮の下に筋肉をつけよう!」って。そのイメージは「目指せ!アスリート体型!」でした。
    多分、赤ちゃんが初めてつかまり立ちし、よちよちと歩くことを覚えた時の喜びってこんな感じじゃないかしら。私はただただワクワクしていました。

    でも、トレーニングジムに通ったり、激しい運動をしたわけではありません。簡単で、楽しく、自分にとって心地よいことを、少しだけ毎日継続しただけなんです。退院(復活)から間も無く2年。体重はその当時から2キロ増えただけで、体のシワはなくなり、皮膚にも以前より張りが出て、無駄な脂肪のなくなった体は軽やかで、入院前のように階段で息切れすることもありません。自分では、体力も見た目も10歳若返った気分です。もちろん、若作りなどするつもりはありません。ありのままの今の自分が誇りです。

    武枝)がっかりするどころか、大きなヒントを与えられて、私は快哉を叫びました。「トレーニングジムにも通わず、激しい運動もせず、簡単で、楽しく、自分にとって心地よいことを、少しだけ毎日継続しただけ」って。それで、二の腕のたるみも筋肉に変えてしまい、見事「目指せ!アスリート体型!」をものにしている!しかも、このテクニックは、ふらふらの体でもできるってことを、成田さん自身が身をもって証明しているんですもの。今までになかったでしょう。体力ZEROの人でもアスリート体型になれるトレーニング法!なんて。私も教わりたいわあ。

    成田)いや〜!武枝さん、お教えするほどでもなくてお恥ずかしいのですが、私が行っていることを一言で言えば、「勝手に筋肉が鍛えられる方法」です。なんだか怪しいですよね。でもこれは、私の体で実験した事実です。どんなことの習得でも同じだと思うのですが、頑張ってトレーニングすれば誰にでも一時的な変化は起こるでしょう。だから多くの人が、結果を求めて「頑張りすぎる」と私は思うんです。結果を急ぐとロクなことはありません。体を壊したり反動がきたり…。そして続かなくなってトレーニングを止めれば、すぐに元に戻ってしまいます。

    私達にとって本当に難しいことは、”トレーニング”をすることではなく、”習慣化”することではないかしら。人によるかもしれませんが、私は怠け者なので厳しいトレーニングは続きません。トレーナーにお尻を叩かれ、同じ方向を向き、青筋立ててみんなで頑張るのは苦手です(笑)気が向いた時に、自分のペースで、気持ち良く体を伸ばしたり緩めたりするのが好きです。声のレッスンでもダイエットでも同じだと思うんです。無理せず細く長く継続できたことは、結果的に自分のものになっている気がするんです。楽しんでいたら、いつしか喉が開くようになっていたとか、気がついたらサイズが変わっていたというように。

    武枝)いいですね、いいですね。「無理せず細く長く継続できたことは、結果的に自分のものになっている」って。私も トレーナーにお尻を叩かれ、同じ方向を向き、青筋立ててみんなで頑張るのは苦手です。
    例えば「すぐに~できる~本」って、よく売れているけれど、私などは能力的にも集中力的にも最初から無理だと思っているので、買って試したことは一度もありません。

    成田)「すぐに〜できる〜」の方法が本当にあるなら、とっくにそんなタイトルの本はこの世からなくなっているはずですよね。でも同じようなタイトルの本が内容を変えては売れ続けているという事実がその本質を物語っています。「笑声®レッスン」では、「すぐに〜できる」はお約束していませんが、普段の会話そのものが楽しく気持ちよくなるような声の出し方をお伝えしています。呼吸することや声を出すことが気持ちよければ、日常生活シーンの一つひとつがトレーニングを兼ねることになると考えています。

    武枝)トレーニングといえばスパルタ的な先入観念があるのか、往々にして指導する側も頑張りすぎる傾向にあるような気がします。成田さんのように、楽しく気持ちよくさせる手ほどきって、却って難しいのかもしれません。それって「コツをつかむ」コツを誘導することでしょ。
    で、コツをつかむのコツの語源を調べたら、コツは骨を意味し、体の中心にあって、体を支える役目をしていることから、人間の本質や素質を意味していて、そこから、物事の本質をつかみ、自分のものにすることを、コツをつかむというようになったとありました。

    成田)うわ〜!すご〜い!コツの語源は「骨」なのですね!初めて知りました。納得です。「コツを掴む」という意味が、今、身体的感覚で理解できました。

    武枝)「身体的感覚で理解できました」って実感の仕方が素晴らしいですね。まさしくコツを掴んだ時に骨まで震えるようなゾクッとする体感ですね!

    成田)私が行っている「勝手に筋トレ!」も、同じ考え方です。コツは、誰もが毎日行っている生命活動を少し変える、「食べる」「呼吸する」「立つ」「歩く」など。これらを少し変えるだけで、勝手に体型が整ってくると感じています。

    例えば、電話コーチングをするときは、デスク横に姿見の鏡を置き、時々姿勢をチェックしたり、腹圧を入れたり、猫背にならないよう肩を上下させたり後ろに回したりしています。もちろん受話器ではなくヘッドセットを着けて正しい姿勢で話しています。座り姿勢を整えるだけで骨盤が立ち背筋が伸び腹圧も入ります。よく「成田さんは姿勢がいいですね。疲れませんか?」と言われますが、私にはこの方が楽です。背筋が伸びていると、呼吸が深くなって安定した声が気持ちよく出ますから。

    歩くときも、腹圧を入れ、手を後ろに振って胸を張り、少し大股に歩くようにしています。

    また、パソコン仕事をするときは、無表情になりがちなので、時々「あ・え・い・お・う」なんて表情筋を大きく動かしたり、口角を少しあげるように心がけています。私は、「口角は感情のスイッチ」と言っているのですが、上げるか下げるかで、気持ちまで変わるから不思議です。

    武枝)「口角は感情のスイッチ」か~!またまた格言が飛び出しますねえ。

    成田)でも、口角を5ミリ上げているのは辛いですし、時に不自然です。モナリザの微笑をイメージして、3ミリ程で十分です。不思議と目元の険しさが取れて、心も頭も柔らかになります。口角が下がる原因の一つは、加齢による頬の筋力低下ですから、無表情だと、どうしても不機嫌顔に見えてしまいます。年を重ねるほどに、常に口角をちょっと上げる意識を持つことをおすすめしています。

    武枝)「モナリザの微笑をイメージして、3ミリ程で十分」ですか~なるほど!やってみよう。程遠くても、イメージしてその気になるのは自由だ~!

    成田)私や武枝さんのような食いしん坊にオススメの「勝手に顔トレ」もありますよ!これは、口角と顎のラインをバッチリ引き締めます。
    私たちは食事するとき、ほぼ無意識にモグモグ食品を噛んでいませんか。そこで少し意識して、左右の奥歯を意識しながらしっかり食品を噛みしめます。口を開けると品無くなるので(笑)唇は閉じて左右バランスよく元気にご飯を食べます!口角と顎ラインが閉まるだけでなく、気分が上がり、生命エネルギーも蘇ります。野生動物の食べ方ってそうじゃないでしょうか(笑)
    ついでに
    首筋を伸ばすようにして噛めばリンパの通りもよくなりそう。はい!食事しながら勝手に筋トレで〜す。

    もう一つ、私の朝の習慣をご紹介します。目覚めたら、まずベッドで仰向けのまま、両手足を上にあげ、力を抜いて手首足首をぶらぶら振ります。これを「ゴキブリ体操」と呼んでいます(笑)裏返ったゴキブリみたいだからですが、四肢末端の血液が流れるからでしょうか、ベッドから起き上がりやすくなります。それから、まず部屋の窓を全部開け放ち、淀んだ空気を入れ替えます。歯磨をしたあと、ベランダで腹式呼吸をします。

    一呼吸ごとに体が覚醒されるのがわかります。ちなみに表情筋につながると言われる横隔膜は、呼吸することでしか動かせないんです。しっかり動かしてから「顔の体操」をします。それから部屋の中で10分程度、その日の気分で「ストレッチとスクワット」をします。声を使う仕事がある日は「発声練習」もします。これが朝の習慣です。ねっ!気持ち良いことをしてるだけでしょ。これだけでエネルギーが満ちてきて、体が喜んでいる気がしますので、継続できるのだと思います。
    日常の呼吸、食べ方、歩き方、立ち方、姿勢、会話の全てが筋トレになります。特別なことは何もしていません。「目指せ!アスリート体型」は言い過ぎですが、スッキリした体型は維持できていると思いますよ。

  • 3-2 あなたの声が聴きたくて

    武枝)エネルギーが満ち溢れてきたとは言いながらも、聞こえなくなった耳、鼻から喉にかけて焼け落ちた粘膜、出にくくなった唾液、声のかすれ、硬くなって動かしづらくなった表情筋……と、放射線の副作用で失ったものを取り戻すことは容易なことではなかったはず。

    にもかかわらず、1年余りでのあの復活ぶり!苦痛に耐えながら、成田さん流の早期回復術を編み出していたのではないのでしょうか。

    成田)放射線の後遺症で聞こえづらくなった耳は、ちょっと大変でしたが、このこともまた多くの気づきを与えてくれました。
    音が聞こえないということは、私の仕事には致命的です。そして生活する上でも、お湯が沸いていることに気づけなかったり、玄関のチャイムが聞こえない、電話の音に気づけない…。外を歩けば、後ろから来る車のクラクションが聞こえないなど、危険だらけだと知りました。そして、1番辛いことは、自分の声のボリュームがわからないということです。会話をしていて、ついつい大声になっていたり、逆に聞き直されたり。だんだん人と話すことが億劫になった時期もありました。

    武枝)さすがの成田さんもそういう気持ちになったのでしょうね。仕事柄、自分の声を聞き分けることにも特に敏感だっただけに、さぞかし暗澹たる気持ちになったことでしょう。

    成田)私たちの脳は、自分の声を自分の耳で聞くことで、自分の意思や思いを確認しています。それを「オートクライン」と言うのだとコーチングを学び始めた頃に知りました。だから人は、考えていることを言葉にすることが大切なんですね。

    武枝)「オートクライン」って言葉、医学用語で「自己分泌」という意味、初めて知りました。自分が発した言葉によって細胞から分泌された物質が、その細胞に作用することで 自分自身に影響を与えるんですね。重い荷物を持ち上げる時に「よいしょ!」と掛け声をかけると勢いづくのが不思議~と思っていたけれど、これがオートクラインなのかな。

    成田)そうそう!「よいしょ!」も確かにそうですね(笑)
    コーチングでは、「セルフトークを変える」という会話を意図的にすることがあって、その人がよく使うネガテイブな言葉を別の表現に言い換えてもらいます。それは誰かに聞かせるためではなく、自分に聞かせるためなんです。できれば「聴くプロ」を相手に話せば、多くのオートクラインや気づきを起こすことができます。
    私は、15年ほど前、まだ日本に入ってきたばかりの「コーチング」というコミュニケーション手法に出会いました。もともと、「話し上手より、日本一の聞き手になろう」とフリーアナウンサーを目指した私ですから、聴くことを体系的に学べるコーチングにすごく共鳴したんですね。そして、今では大好きな仕事の一つなんです。

    武枝)オートクラインの例えに「よいしょ!」を引き合いに出してしまった自分に顔を赤らめています。でも、無意識に発している言葉が実は重要な役割を果たしていることを知り、改めて、人間って凄いなと感動しています。そのオートクライン効果に着目して、無意識を意識化させ、コミュニケーション手法として体系化し、自己改革まで呼び起こさせる「コーチング」の仕事として成立させたところが、意義深く、素晴らしい!

    成田さんの経験と天性を最大限生かせるその仕事に出会うのは必然だったのかもしれません。一緒にテレビ番組の仕事をしている時から、すでにそういう志を持っていたのですものね。

    相手の話に耳を傾けつつ、相手の感じていること、考えていることをご本人にフィードバックさせることで、相手は自分の素晴らしい部分を引き出してもらう喜びを味わい、成田さんも相手の素晴らしい部分を引き出した喜びを味わう!双方向、ハッピーになれるのですね。

    成田)引き出す喜びもありますが、相手の気づきにこちらが気づかされることも多いんです。与える側とか、教える側とかではなく、まさに双方向のエネルギー交換なんですよね。私の言葉や問いかけで、相手のエネルギーが満ちてくることを感じられる時はそれはそれは豊かな気持ちになります。

    武枝)双方向のエネルギー交換!ですか~。そして、成田さんの言葉や問いかけで、相手のエネルギーが満ちてくるのを感じられるなんて!成田さんが、コーチングの仕事に張り合いを感じていることがよく分かりました。

    成田)私の場合、話し手のエネルギーの変化は、声のトーンやボリュームなどから感じ取っていました。そんな私が、相手の声も、自分の声も十分に聴くことができないということは、自分の存在意義はなんなのか、これからどう生きていけばいいのかを突きつけられるほどの衝撃でした。自分の声を自分で聞くことができないと、自身のエネルギーが枯渇し、相手のエネルギーと対峙することができません。思考が止まるような感覚を味わいました。退院直後はヘッドホンをつけて電話の仕事だけをしていましたが、やはりクリアな音(声)を聴きたくて、思い切って鼓膜切開手術をしたんです。

    鼓膜に穴を開け、そこにチューブを入れて聞こえるようにするのですが、私の耳の穴はかなり狭いらしく、切開時に麻酔が効きにくくて悲鳴をあげるほど痛い上に、数ヶ月であっさり抜けてしまいます。それでも、相手のクリアな声が聞きたい。自分の元気な声を届けたい。という思いから結局4回の鼓膜切開手術とチューブ挿入を繰り返しました。今も両耳にチューブが入っています。またいつ抜けるかわかりませんけどね。何度でも入れ直すつもりです(笑)。

    武枝)わあ~また、成田さんの真骨頂の発揮どころですね。「相手のクリアな声が聞きたい。自分の元気な声を届けたい。」という思いを遂げるためなら、麻酔の効かないまま鼓膜を切開し、チューブを挿入する痛さに悲鳴を上げることも厭わないなんて。プロ根性、マックスです。

    成田)音が戻ることは本当に快適です。生活上の危険がなくなるだけではなく、会話も思考もスムーズで、声に張りも出ます。そんな時、私はまた、不自由だった時の辛さを忘れ、自分の体のひとつひとつに感動してしまいます。「耳はすご〜い」って。

    武枝)辛さを差し引いてもまだ余りあるほどの深い感動を成田さんは“知った”ということなのですね。そうでなければ、鼓膜を切開してチューブを挿入する手術を繰り返し、「いつ抜けるかわかりませんけどね。何度でも入れ直すつもりです」と笑って言えませんよ~

    成田)さて、1番大切な「声」ですが、鼻声、声枯れは今も続いています。人は気にならないと言ってくださいますが、自分では以前の声との違いはわかります。それでも、少しハスキーになった声も、時々鼻にかかる声も、生まれ直した私の新しい声だと思っています。美声ではないかもしれませんが、以前より心の乗る声で話せる気がして、結構気に入っていますよ。

    武枝)“心の乗る声”ですか~。治療によって失った声を復活させるために払われた努力は計り知れません。その道のプロだから、ありとあらゆるレッスンを駆使したからでしょうけれど、更に、以前より心の乗る声で話せるようになったというのはとても興味深いですねえ。

    成田)私の経験では、「綺麗な声より、伝わる地声」で話すと、どんなに話していても声枯れすることはありません。そのためには表情もとても大事なのですが、放射線の影響で表情筋も動きにくくなっていました。特に朝は頬や目や口の周りが固まっていました。そこで、私は入院中から「笑声®レッスン」で行なっている顔の体操や滑舌練習を毎朝続けていたんです。その効果は絶大!頬の放射線焼けもドクターが驚くほどの速さで改善され、表情も少しずつ動くようになっていきました。

    武枝)成田さんが編み出した登録商標マーク付きの独自のスキル「笑声®レッスン」があったのですものね。そのトレーニング法が、声や表情筋を失った方たち、しかも放射線焼けの肌にも効果的なリハビリ法になることを身をもって示したことになりますねえ。これは凄い!「笑声®レッスン」効果をぜひとももっともっと多くの人に知ってもらいたいなあ。話すプロや俳優さんや歌手でなくても、ボディーと併せて、顔の表情筋やボイストレーニングも日課に取り入れることによって、今までと違う世界が拓けるかもしれません。

    成田)人と話すことが苦手!という方の多くは、表情も乏しいと思います。人と話すためには心をオープンにしなければいけませんよね。心を閉ざしたうわべの会話ほどつまらないものはありません。「話すのが苦手なのではなく、心を開くのが苦手!」というのが本当のところではないでしょうか。だから、表情筋やボイストレーニングは、特別な仕事の人だけに必要なことではないと思うんです。話は少し逸れますが、日本人のお肌はきめ細かいけど、表情筋が下がりやすいと聞いたことがあります。

    私は、その原因の一つは、日本人の発声・滑舌にあると思っています。日本語は、表情をあまり動かさず口先だけでも話せるんですよね。でも、外国で長く生活をしている日本人は、口元の印象が変わってきます。私の知り合いに、もう20年近くイタリアに住んでいる女性がいるのですが、サングラスをかけていると顎の動きと口元はイタリア人そのものです。メガネを外せば、一重まぶたの京女なんですけどね(笑)

    武枝)わあ、いい話!顎の動きと口元はイタリア人かあ~。確かに、顔のお手入れとしての通常のマッサージ程度では、表情筋を鍛えることにはならないですね。

    成田)でも、アナウンサーの多くは日本語を話していても口角が上がっています。それは、普段から表情筋や顎を動かすトレーニングをしているからだと思います。笑声®レッスンでは、必ず声を出す前に表情筋を柔らかくする「顔の体操」をするのですが、「口先ではなく、顔で話す」ためです。それだけで、皆さんの表情が生き生きしてきます。表情豊かな顔で話せば、抑揚のある声になり、その言葉は相手の心に届きやすくなります。

    以前からそのことを伝えていたのですが、放射線の副作用で表情が動かなくなった体験を通して、改めて表情の大切さを確信しました。顔は心を映し出す鏡です。美しい造作のことではなく、美しい表情があって初めて豊かな声で話すこともできると思います。大人の顔には、その人の生き方が現れています。だから、誰でも、鏡を磨くように表情を磨いてほしいな。「顔と声と心」は繋がっていますから。

    武枝)《「口先ではなく、顔で話す」「顔は心を映し出す鏡」「鏡を磨くように表情を磨いて」「顔と声と心」は繋がっています》って、名言!

    話すプロとしての経験の積み重ねに加えて、放射線の副作用で表情筋が動きにくくなった体験を潜り抜けた成田さんの言葉だけに、説得力があります。

    成田)考えてみれば、当たり前にあった「声」「嗅覚」「聴覚」「表情」を一度無くしてみて、その大切さを身をもって知ることができました。これは病気からのプレゼントです。鼻声だろうが、かすれ声だろうが、本当の声の魅力とは何なのか、実感できました。

  • 3-1 神々しいほどの爽快感

    第三楽章

    武枝)成田さんが山を越えて見えた、「愛と感謝」が広がる素晴らしい心の景色!そのバックグラウンドミュージックにふさわしい曲って、何だろうなあ、って思い巡らしていたら、音楽ではなく、以前、伊豆大島の郵便局長さんに取材をして聞いた話が蘇ってきました。

     伊豆大島って、伊豆大島火山と呼ばれる活火山の陸上部分で、数多くの噴火の歴史を繰り返していて、昭和61年(1986年)の噴火の時には全島民が無事に島外避難したことがニュースでも大きく取り上げられましたよね。

     日本は火山国ではあるけれども、伊豆大島の成り立ちそのものからすると、この島の人々と火山の関わり方って特に緊密なのだろうなと予想してはいたのですが、私が恐る恐る質問した「そんな危険と隣り合わせの島にずっと住み続けようと思う理由」について、意気揚々とした口調で、郵便局長さんのこんな答えが返ってきました。

     「噴火した後の島は惨憺たる姿ですが、必ず島が生まれ変わることを島民は知っているからです。草木が一斉に芽吹き、島全体が緑に覆われて、それはそれは神々しいまでに美しいんですよ」

    自然界の摂理と繋がっていることが日常になっている人の、何と大らかなこと!そして、何と逞しいこと!
    成田さんが、病気と闘いながらも希望に満ち溢れ、苦痛の中でも体の底からエネルギーが湧いていた”謎”が少し解けたような気がしています。

    成田)武枝さん、第三楽章の始まりは、音楽ではなく景色を見せてくださって、ありがとうございます。
    郵便局長さんの、「噴火した後の島は惨憺たる姿ですが、必ず島が生まれ変わることを島民は知っているからです。草木が一斉に芽吹き、島全体が緑に覆われて、それはそれは神々しいまでに美しいんですよ」という言葉に、自分の姿と心風景を重ねました。
    退院した時の私は、ある意味惨憺たる姿でした。10キロ体重が落ちたガリガリの体は、硬い椅子に座ると坐骨が痛くて長く座っていられません。バスタブでも腰を浮かせるようにしていました。鎖骨や肩の骨も浮き出ていました。そして脂肪の落ちたところはシワシワでした。特にお腹、お尻、二の腕の内側は、誰の体かと思うくらい年老いたように見えて悲しかったですね。

    武枝)心は意欲に燃えているだけに、やりきれない思いは半端じゃなかったでしょう。それに、病気と闘うのに精根を使い果たしたのですから、精力・根気のタンクは空っぽになっていたでしょ。

    成田)確かに体力のタンクは空っぽで、10分歩くのもやっとでした。そして、頭髪はもちろん、まつ毛も眉毛も鼻毛も、全ての体毛がなくなっていました。さらに、放射線の副作用で、耳が聞こえなくなり、粘膜が焼け落ちた鼻から喉にかけての痛みはまだまだ残っていて、唾液が出にくいことで声がかすれ、硬くなった表情筋も動かしづらくなっていました。

    武枝)病気になっていることも知らず、生まれ変わったという報告を受けた後、東京・品川駅で20年ぶりに再会した時の成田さんの姿は、きびきびと洗練され、繊細にコントロールされた声、はじける笑顔、放射線で焼かれたはずの顔にはその痕形もなく潤いと艶があり、以前にも増して表情は溌剌とし、体にはしなやかさすら感じさせました。

    その約1年余り前には、歩くのもやっとのことで、痩せこけた上にすべての体毛がなくなり、唾液も出にくくなっていたとは……しかも病室に笑いの輪を生み出していた成田さんの笑声がかすれ、笑顔の表情筋すらも思うように動かなくなってしまっていたなんて!

    成田)今振り返っても不思議な感覚なのですが、伊豆大島の郵便局長さんがおっしゃったように、私も自分が生まれ変わることを信じていました。そして、見た目とは違い、こんこんとエネルギーが湧き出てくるような神々しいほどの爽快感だったんです。だって、苦しい産道を通過して、自分で決めた出産(退院)予定日に、望み通り生まれ直したわけですから。赤ちゃんだと思えば、不甲斐ない身体的状態なんて当然のことです。私が、この体をどのように受け止め、草木を芽吹かせてきたかを、少しお話させていただけますか。

    武枝)少しと言わず、どうしてそういう受け止め方ができ、気持ちを奮い立たせることができたのか、ぜひとも詳しく聞かせて下さい。

    私などは、20歳の時に体力が落ちるに伴って気力がどんどん失せていくのを実感する出来事があって、だから、大病を患いながらそれを誰にも悟られないように仕事をこなしている人や前向きに生きている方たちに対しては、羨望のまなざししかありません。

    成田)確かに体力(体)と気力(心)は、前に進むための両輪ですね。それは私も入院時に実感しました。でも、退院後は「山を越えた」「生まれ直した」と感じていたからでしょうか。不自由な体を嘆くより、今まで当たり前だと思っていた自分の体や機能のひとつひとつに感動していました。何と言っても、味覚も嗅覚も無くし、何も食べられなくなっていた私に、少しずつ味わう喜びが戻ってきたことです。

    繊細な香りが鼻先をくすぐる幸せ、歯ざわり、舌触りを感じられる楽しさ、そして喉越しで味わう喜び。その口福感に心震えましたよ。まるで少しずつ美味しいものを覚えていく赤子のように新鮮な感動でした。そして大好きな日本酒の繊細さも味わえるようになっていくのですから。エネルギーが満ち溢れてきますよねぇ〜、武枝さん(笑)

    武枝)成田さんの実感に満ち満ちた爆発的で微妙な言葉を聞いて、<生まれ変われることを信じることそのものが生命エネルギーの源泉である>という確信を得ました。それで思いついたのですが、成田さんの体と心に滾々と湧き出て満ち溢れてきたエネルギーの正体って、もしかしたら<水>じゃないかなあ。火山が爆発して、溶岩が流れ出した後、その窪みに水が満ちて美しいカルデラ湖ができる、あの摩周湖、十和田湖、田沢湖、支笏湖もすべてそうして誕生したものなんですよね。

    そして、爆発で噴き出た火山灰などが周辺を肥沃な土地に生まれ変わらせ、やがて郵便局長さんがおっしゃるような神々しいまでに美しい風景を出現させるんだろうなあって。地球の謎めいた展開と同じプロセスを成田さんが全身で体感したんじゃないのでしょうか。

    病魔と闘って空っぽになったエネルギー・タンクに命の水が湧き出し、体の隅々までじんわり沁み込んで“潤ってゆく”につれて、失った味覚や嗅覚や、ありとあらゆる細胞が息を吹き返していく!その感覚を、持ち前の吸収力を発揮して、存分に味わい尽くしたのでしょう。だからこそ、一年余りのハイスピードで見事、みずみずしく、溌剌とした姿になれた!これは、生まれ変われることを信じられる者だけが獲得できる奇跡なのでしょう。

    成田)武枝さんの言葉を、もう一度ゆっくりなぞります。「成田さんの体と心に滾々と湧き出て満ち溢れてきたエネルギーの正体は、もしかしたら「水」じゃないかなぁ。火山が爆発して、溶岩が流れ出した後、その窪みに水が満ちて美しいカルデラ湖ができる…」。すごいですね!そんな地球の謎めいた展開を、私の内部に起こったことと重ねてくださった想像力に驚愕しています。壮大な地球のプロセスと、私の体内というか脳内に起こったことを重ね合わせるなんて、自分では到底イメージできません。

    いえ、私だけではなく、本来は誰もが、地球の営みと同じプロセスを内側に展開させながら生きているのかもしれませんね。確かに、退院後は、放射線や抗がん剤の影響で体はボロボロでした。でも、だからこそ!!火山が爆発して溶岩が流れ出した後に水が滲み出てくるような感覚を体験することができたのかもしれません。あ〜!今、ものすごく腑に落ちました。とてもリアルです。

  • 2-12 山を越えて見えた景色

    成田)国際資格の受験勉強していたことをドクターはご存知なかったと思います。さらに、秘密はもう一つありました(笑)。実はこの頃から談話室の片隅でクライアントと電話コーチングをはじめていたんです。入院しながらできる仕事があるって幸せですよね。声はまだまだ出にくかったですけれど、体の底からエネルギーが湧いてくる時間でした。

    さて、すべての抗がん剤投与も無事に終え、免疫抑制期間に入ると、風邪をひいたり、悪いウイルスに感染しないよう気をつけながら、「さぁ、いよいよ産道を抜けるぞ!復活するぞ!」って、心と体を整えていました。ところが今回は、白血球を増やす皮下注射をしても、なかなか白血球が増えなくて、12月19日の夜、とうとう何かのウイルスに感染したのか、高熱を出してしまったんです。
    そういえば、前日、病室に他の患者さんのご家族が3歳位の子供さんを連れてこられてたんです。気になったのでベットのカーテンを閉めてウトウトしていたのですが、ふと目をさますと、その子が私のベット横の飲みさしのジュースに手を伸ばしていました。

    10歳以下の子供はどんな菌を持っているかわからないので、この病棟には入れないはずなのですが、土日はスタッフも少なく、お見舞いの人が連れて入られたようです。この子のせいかどうかはわかりませんが、恐いですよね。早速、熱を下げる点滴をし、たくさんの血液を採取、培養して原因菌を調べることになりました。え〜!退院まで、あと6日だというのにぃ…..。

    武枝)え~!そんなことってありですか?この期に及んで、何ということでしょう。お願いです。もうこれ以上、成田さんを苦しませないでください!お願いです。

    成田)何者かがまたしても私をお試しになりましたね。「本当に私を信じているのか!」とでも言うように。そこで、O先生に聞きました。「どうしたらクリスマスに退院できますか?」と。

    「今の状態では年内の退院は厳しいと思いますが、3日で熱が下がれば、お正月は家で過ごしてみましょうか。」と。
    「わかりました。では3日で熱を下げます。」と、ドクターに言ったというより、私を試してきた何者かに対して、「あなたを信じる」と宣言しました。
    すると、何ということでしょう!翌日、熱が下がったんです。これは偶然なのでしょうか。高熱の原因も結局わからないままでした。そして、ついに、待ちに待った退院許可が出ました。

    武枝)《何者かがまたしても私をお試しになりましたね。「本当に私を信じているのか!」とでも言うように、》って。

    ほんとに何回試したら気が済むの!と言いたいぐらいですが、それを受けて立つのよ、成田さんは。

    そして、そのたびに願った通りの扉がひとつひとつ開いていく!なぜか、改めて強調すると、成田さんの「信じる力」なのよね。ただし、決して加護や救済を最初から当てにして祈る信心ではない。底力の発揮できる自分を信じ、まず、自分の力を出し尽くす!その上で、後は不可思議な力を信じ、委ねる覚悟が突き抜けています。

    《私を試してきた何者かに対して、「あなたを信じる」と宣言しました、》なんて、伊達や酔狂では言えませんから。

    退院許可は、つまり、“不可思議の力”を成田さんに適用してよろしいという許可が天から下されたということなのでしょう。

    成田)クリスマスイブの夜、病院での最後の夕食に小さなクリスマス・ケーキが添えられていました。人生で、あんなに甘く優しく美味しいケーキを食べたことがありません。
    チームのドクターや看護師さんが次々に病室に顔を出してくださって、「成田さんの退院は嬉しいことだけど、寂しくなります」と祝福してくださいました。

    緊急入院した日に迎えてくださった女性ドクターも、「成田さんとお話しできて楽しかったです。私ももっと医師としての力をつけておきます」とおっしゃってくださいました。翌朝、看護師さんや看護助手のハンサムウーマンHさんとハグをして、同室の患者さんに見送られ、私は退院しました。

    2015年12月25日クリスマスのことです。

    その夜はもちろん!グラス一杯だけのシャンパンで自分に乾杯しました。その喉ごしは、生きている実感そのものでした。

    武枝)ああ、考えてみれば生きながらにして生きている実感を味わうことって、我ながらないなあ。生きていることのありがたみも感動も薄れ、豊かな気持ちを感じる動物脳も鈍くなっている。底力があるのかないのか自覚しないままに、生きる時間を潰していっているのかもしれません。なんて勿体ないこと!

    もとより研ぎ澄まされた感性の成田さんが、この大病を通して、獲得したものは計りしれません。一瞬一瞬生きている実感と喜びを味わいつくしてていくだろう、これからの成田さんを想像しただけで、心底、嬉しいです。改めて、乾杯!ですね。

    成田)武枝さん、ありがとうございます。乾杯!

    病気は、私にたくさんのことを教えてくれました。山登りの途中は自分や仲間を信じて一歩一歩進むしかありませんが、山を越えて見えたものは、「愛と感謝」が広がる素晴らしい心の景色でした。武枝さん、2017年の最初の年賀状は、そんな清々しい気持ちで書いた、”新たな成田万寿美を生きるぞ宣言”だったのです。