第三楽章 〜生還〜

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3-9 自分の生き方は自分で決める

成田)武枝さん、ほんとにね!これほど大きなストレスはありません(笑)。I先生の提案を受け入れておきながら、一人になるとあれこれ思いを巡らせてしまいました。
「この手術で、何が変わるのかな?」「切り取った部分を病理検査に出して、また同じものが見つかったら、その時私はどうするの?」「何も見つからなかったとしても、細胞レベルで体に転移しているかもしれない状況は変わらない。それなのに手術する意味あるのか?」「この結果次第で、移植を受け入れる気持ちになれるの?」様々な自問自答を繰り返しました。

そんなことを考えながら、入院日を決めるために耳鼻科を訪れると、私の揺れる気持ちを見透かされたように、I先生はおっしゃいました。
「もし、私が成田さんの立場なら、すぐに移植をします」と!!「移植は地獄の苦しみかもしれないけれど、私なら5年10年生きられる方法を選択します。内臓に転移してからでは手の施しようがなくなりますよ!」「ここまでいう医者は少ないかもしれませんが、私は背中を押します。」
その語気は、いつになく厳しく強いものでした。

さらに、「病気に対しては、もっと冷徹に向き合わなければダメですよ!」と叱られました。
結局入院日を決めたものの、「もう一度主治医のO先生とよく話してください。もし移植の決心がついたら、この手術はキャンセルしましょう」と。
えっえ〜!!どうして今日になって!!私は戸惑い、思考が止まり、気持ちの整理がつかないまま、気がつけば病院から武枝さんに電話をしていました。あの時、電話に出て下さったことに心から感謝しています。

武枝)本当に、あの時、すぐに電話に出ることができてよかった!その日、I先生と手術の日取りを相談に行くって聞いていたから、気になっていて、メール連絡を待っていたのよね。そしたら電話がかかってきた!電話がかかるってことは、思いっきり嬉しいことかしら、いや、あまりいい話ではなさそうかな、と思って出てみたら、今までに聞いたことのない切羽詰まった成田さんの声!私もうろたえてしまいました。

成田)I先生のおっしゃることはよく理解できました。いえ、セカンドオピニオンで説明を聞いた時から理解できています。自分の厄介な病気のことや、私が置かれている状況についての容赦ない説明をたっぷり聞いてきたのです。それでも、その事実を受け止めつつ、日常を前向きに過ごしながら自分の気持ちと向き合っていたつもりです。決して楽観的でも、逃げているのでもありません。

普段穏やかなI先生がそこまで言ってくださるお気持ちに感謝しながらも、私は追い詰められたような気持ちになっていました。私という人間は、誰かに説得されても叱られても動けないのです。それがどんなに正しくてもです。自分で考え自分で選択しなければ覚悟なんかできません。

武枝さんに電話で聞いてもらって、少し気持ちが落ち着いたらお腹が空きました。こんな時でも食欲がある自分が可笑しい(笑)

そして、翌朝病院に電話を入れて、主治医のO先生にお目にかかりました。もう一度、O先生のご意見を聞きながら、自分の気持ちを確かめるために…。

武枝)耳鼻科のI先生もさぞかし葛藤されたのでしょう。
最終的には、ドクターとして、一段階ステップを挟むことより、最前線の治療をやはり優先なさった!
おそらく、ハードな治療を簡単に受け入れられる患者さんはいないでしょう。だけど、ドクターから強く勧められたら、ほとんどの人は泣く泣く身を預けてしまうのかもしれません。
けれど、成田さん!「誰かに説得されても叱られても動けない」のよね。私もそうだから、よ~く分かります。そして、どんなに追い詰められてもいつもと変わりなくお腹が空く。食欲が落ちないのも共通項。今まで、そうしてお互い何とか苦境を凌いできたのでした。

ああ頼みの綱、O先生は、何を優先されたのでしょう。

成田)O先生と話す時には、私の気持ちは落ち着いていて、I先生のおっしゃったことを冷静に伝えることができました。私は、伝えるべき状況や会話の内容、相手の言葉やその時の自分の思いを正しく再現して伝える能力はあると自負しています(笑)。仕事で培ったものでしょうか。そういう自分が嫌いではありません。話すことで自分の気持ちが整理できたりクリアになっていきますから。

武枝)そう、再現・伝達能力にますます磨きがかかっていますね。もちろん、キャスターやコーチングの仕事を通じて培われたものではあるでしょうけれど、相手の言葉や自分の思いを吟味し、反芻して、咀嚼する天資がベースになっているような気がします。

成田)子供の頃から、大人の言動を観察する癖はありましたが、理解できないことに「?マーク」が付いても、それを自分の経験に重ねて咀嚼し伝える言葉や表現が追いついていなかったのでしょうね。でも成長するにつれて、大人が言う「常識」や「正しさ」に対する違和感を伝える言葉を持つようになり、親戚の叔父からは「万寿美は理屈っぽいから苦手!」と言われていました。自分の「想いと言葉と行動」が本当に一致するようになったのはここ10年くらいかもしれません(笑)

武枝)思い起こせば、私もなんとか一致するなと思えるまでに長い年月が必要でした。半世紀以上かかって、ようやくでしたね。

成田)話を戻しますが、血液内科の主治医であるO先生は、会話をとても大切にしてくださいます。出会った時からそうでしたが、何を聞いても、何度でも面倒がらずに説明してくださいました。この日も私の話をじっと聴いてくださって、そして、いつもの張りのある明るい声でこうおっしゃいました。「I先生のおっしゃったことは正しいです。医者としては僕もそう思います。でも僕たち医者はデータで話しているにすぎません。データとして正しいことが、成田さんの生き方にとってベストかどうかは別だよね。何を選択するかは成田さんが決めることです」と。
その言葉が、私に深く刺さりました。

「そう、自分の生き方は自分で決める」のだ。

そのために、ドクターは専門知識とご経験からの選択肢を示してくださる。それを受けて患者が納得して”選択できるよう”話し合うプロセス”こそが大切なのではないでしょうか。そして、選択したことをドクターと患者が協働して治療に向かう!
それがインフォームドコンセントの本来の目的ではないでしょうか。そこには医療従事者と患者が、人として互いを尊重し合う信頼関係が必須です。結果がどうあれ、最後にドクターも患者も「最善を尽くした」と言えるのは、こういうプロセスあってのことではないかと思います。これは、あくまで患者目線の私個人の意見ですけどね。

武枝)O先生の「データとして正しいことが、成田さんにとってベストかどうかは別だよね。」って。これほど、成田万寿美という人間性を深く理解し、尊重して下さった言葉が他にあるでしょうか。
それまで冷静になって話ができていたとはいえ、追い詰められている状況に変わりはなかったわけだけれど、O先生のその一言によって、成田さんはギアをニュートラルに戻すことができたのよね。「そう、自分の生き方は自分で決める」のだって。

成田)そのあと、がん相談支援センターの看護師Tさんと話す機会がありました。「成田さんは強いですね。多くの方は、そこまでドクターに言われたら、お任せされると思います。成田さんにとってはプロセスが大事なのですね!」と言ってくださいました。さすがですね!私の気持ちを理解して寄り添ってくださいました。その時、私は確信しました。
私は、結果よりプロセスを大事にしている人間なのだと思います。
頑なに自分の考えに固執しているわけではありません!信頼できる人の話には十分耳を傾けることもできると思っています。だからこそI先生の優しくも厳しい言葉に動揺もします。武枝さんがおっしやるようにドクターも葛藤されるのかもしれませんね。骨髄移植に踏み込めない私を歯がゆく感じられるのかもしれません。そのお気持ちを正面からストレートにぶつけて下さったことに感謝しています。

それでも、私には、説得や誰かの価値観ではなく、「会話しながら、自分で考え、答えを出すプロセス」が必要なんです。そうすることで、結果がどうあれ、私は誰も責めず、後悔もせず、その結果を受け入れることができるでしょう。

O先生はさらにこうおっしゃいました。「成田さんは骨髄移植をするにはギリギリの年齢ですが、前回鼻の腫瘍が見つかった部分を広く切除すれば、移植は少しだけ先送りできるでしょう。広範囲の病理検査だと考え、その先のことはその時また考えましょうか。私からI先生にお手紙しておきます」と。その言葉で、今回の手術に対しての私の気持ちが決まりました。最悪の覚悟まで考えなくて良いのだ!まずは鼻腔組織の切除手術をすることだけ考えよう。そのあとはそのあとだ!今、自分が取るべき次の行動がストンと腑に落ちました。

武枝)昨年暮れからの激動の約3ヵ月、長い長いトンネルからようやく抜けられた思いですね。不安な気持ちや恐怖感を他人様の前では微塵も見せないで、よくぞよくぞ踏みこたえたよね~

《「会話しながら、自分で考え、答えを出すプロセス」が必要なんです。そうすることで、結果がどうあれ、私は誰も責めず、後悔もせず、その結果を受け入れることができるでしょう。》という成田さん。何と清々しく、頼もしいのでしょう!

成田)4月2日、I先生と入院日を決めました。手術について、以前に撮った私の鼻腔の画像を見ながら、どこをどのように切除するのか、どのくらいの時間がかかるのか、出血や手術後の痛みはどうか、退院までのスケジュールなどについて丁寧な説明を受けました。数年前に私が鼻の手術を受けたときと比べても、医療機器は日進月歩。どんどんハイテク化が進んでいるようです。
以前は内視鏡手術でも、見えない鼻の奥は医師の経験と感覚に頼るところが大きかったのですが、今ではナビゲーションシステムで、映像を見ながら切除することができ、脳や眼の神経への危険はほぼないそうです。医師も二人体制だそうです。そこまで話を聞いても、やはり怖いですよ!全身麻酔というだけで怖いです。もちろん完治を目指すものではありませんが、I先生O先生と話し合い、納得したこのプロセスを踏んで、前に進んでまいりましょ!

そうそう!その前に引越し引越し!新しい部屋で気分一新して、入院致します!

武枝)なんと軽やかなステップ!

にっこり微笑んで開いた新しい部屋の扉の先には、“新次元”の成田さんの、どんな活躍の舞台が待っているのでしょう。

 

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