第三楽章 〜生還〜

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3-2 あなたの声が聴きたくて

武枝)エネルギーが満ち溢れてきたとは言いながらも、聞こえなくなった耳、鼻から喉にかけて焼け落ちた粘膜、出にくくなった唾液、声のかすれ、硬くなって動かしづらくなった表情筋……と、放射線の副作用で失ったものを取り戻すことは容易なことではなかったはず。

にもかかわらず、1年余りでのあの復活ぶり!苦痛に耐えながら、成田さん流の早期回復術を編み出していたのではないのでしょうか。

成田)放射線の後遺症で聞こえづらくなった耳は、ちょっと大変でしたが、このこともまた多くの気づきを与えてくれました。
音が聞こえないということは、私の仕事には致命的です。そして生活する上でも、お湯が沸いていることに気づけなかったり、玄関のチャイムが聞こえない、電話の音に気づけない…。外を歩けば、後ろから来る車のクラクションが聞こえないなど、危険だらけだと知りました。そして、1番辛いことは、自分の声のボリュームがわからないということです。会話をしていて、ついつい大声になっていたり、逆に聞き直されたり。だんだん人と話すことが億劫になった時期もありました。

武枝)さすがの成田さんもそういう気持ちになったのでしょうね。仕事柄、自分の声を聞き分けることにも特に敏感だっただけに、さぞかし暗澹たる気持ちになったことでしょう。

成田)私たちの脳は、自分の声を自分の耳で聞くことで、自分の意思や思いを確認しています。それを「オートクライン」と言うのだとコーチングを学び始めた頃に知りました。だから人は、考えていることを言葉にすることが大切なんですね。

武枝)「オートクライン」って言葉、医学用語で「自己分泌」という意味、初めて知りました。自分が発した言葉によって細胞から分泌された物質が、その細胞に作用することで 自分自身に影響を与えるんですね。重い荷物を持ち上げる時に「よいしょ!」と掛け声をかけると勢いづくのが不思議~と思っていたけれど、これがオートクラインなのかな。

成田)そうそう!「よいしょ!」も確かにそうですね(笑)
コーチングでは、「セルフトークを変える」という会話を意図的にすることがあって、その人がよく使うネガテイブな言葉を別の表現に言い換えてもらいます。それは誰かに聞かせるためではなく、自分に聞かせるためなんです。できれば「聴くプロ」を相手に話せば、多くのオートクラインや気づきを起こすことができます。
私は、15年ほど前、まだ日本に入ってきたばかりの「コーチング」というコミュニケーション手法に出会いました。もともと、「話し上手より、日本一の聞き手になろう」とフリーアナウンサーを目指した私ですから、聴くことを体系的に学べるコーチングにすごく共鳴したんですね。そして、今では大好きな仕事の一つなんです。

武枝)オートクラインの例えに「よいしょ!」を引き合いに出してしまった自分に顔を赤らめています。でも、無意識に発している言葉が実は重要な役割を果たしていることを知り、改めて、人間って凄いなと感動しています。そのオートクライン効果に着目して、無意識を意識化させ、コミュニケーション手法として体系化し、自己改革まで呼び起こさせる「コーチング」の仕事として成立させたところが、意義深く、素晴らしい!

成田さんの経験と天性を最大限生かせるその仕事に出会うのは必然だったのかもしれません。一緒にテレビ番組の仕事をしている時から、すでにそういう志を持っていたのですものね。

相手の話に耳を傾けつつ、相手の感じていること、考えていることをご本人にフィードバックさせることで、相手は自分の素晴らしい部分を引き出してもらう喜びを味わい、成田さんも相手の素晴らしい部分を引き出した喜びを味わう!双方向、ハッピーになれるのですね。

成田)引き出す喜びもありますが、相手の気づきにこちらが気づかされることも多いんです。与える側とか、教える側とかではなく、まさに双方向のエネルギー交換なんですよね。私の言葉や問いかけで、相手のエネルギーが満ちてくることを感じられる時はそれはそれは豊かな気持ちになります。

武枝)双方向のエネルギー交換!ですか~。そして、成田さんの言葉や問いかけで、相手のエネルギーが満ちてくるのを感じられるなんて!成田さんが、コーチングの仕事に張り合いを感じていることがよく分かりました。

成田)私の場合、話し手のエネルギーの変化は、声のトーンやボリュームなどから感じ取っていました。そんな私が、相手の声も、自分の声も十分に聴くことができないということは、自分の存在意義はなんなのか、これからどう生きていけばいいのかを突きつけられるほどの衝撃でした。自分の声を自分で聞くことができないと、自身のエネルギーが枯渇し、相手のエネルギーと対峙することができません。思考が止まるような感覚を味わいました。退院直後はヘッドホンをつけて電話の仕事だけをしていましたが、やはりクリアな音(声)を聴きたくて、思い切って鼓膜切開手術をしたんです。

鼓膜に穴を開け、そこにチューブを入れて聞こえるようにするのですが、私の耳の穴はかなり狭いらしく、切開時に麻酔が効きにくくて悲鳴をあげるほど痛い上に、数ヶ月であっさり抜けてしまいます。それでも、相手のクリアな声が聞きたい。自分の元気な声を届けたい。という思いから結局4回の鼓膜切開手術とチューブ挿入を繰り返しました。今も両耳にチューブが入っています。またいつ抜けるかわかりませんけどね。何度でも入れ直すつもりです(笑)。

武枝)わあ~また、成田さんの真骨頂の発揮どころですね。「相手のクリアな声が聞きたい。自分の元気な声を届けたい。」という思いを遂げるためなら、麻酔の効かないまま鼓膜を切開し、チューブを挿入する痛さに悲鳴を上げることも厭わないなんて。プロ根性、マックスです。

成田)音が戻ることは本当に快適です。生活上の危険がなくなるだけではなく、会話も思考もスムーズで、声に張りも出ます。そんな時、私はまた、不自由だった時の辛さを忘れ、自分の体のひとつひとつに感動してしまいます。「耳はすご〜い」って。

武枝)辛さを差し引いてもまだ余りあるほどの深い感動を成田さんは“知った”ということなのですね。そうでなければ、鼓膜を切開してチューブを挿入する手術を繰り返し、「いつ抜けるかわかりませんけどね。何度でも入れ直すつもりです」と笑って言えませんよ~

成田)さて、1番大切な「声」ですが、鼻声、声枯れは今も続いています。人は気にならないと言ってくださいますが、自分では以前の声との違いはわかります。それでも、少しハスキーになった声も、時々鼻にかかる声も、生まれ直した私の新しい声だと思っています。美声ではないかもしれませんが、以前より心の乗る声で話せる気がして、結構気に入っていますよ。

武枝)“心の乗る声”ですか~。治療によって失った声を復活させるために払われた努力は計り知れません。その道のプロだから、ありとあらゆるレッスンを駆使したからでしょうけれど、更に、以前より心の乗る声で話せるようになったというのはとても興味深いですねえ。

成田)私の経験では、「綺麗な声より、伝わる地声」で話すと、どんなに話していても声枯れすることはありません。そのためには表情もとても大事なのですが、放射線の影響で表情筋も動きにくくなっていました。特に朝は頬や目や口の周りが固まっていました。そこで、私は入院中から「笑声®レッスン」で行なっている顔の体操や滑舌練習を毎朝続けていたんです。その効果は絶大!頬の放射線焼けもドクターが驚くほどの速さで改善され、表情も少しずつ動くようになっていきました。

武枝)成田さんが編み出した登録商標マーク付きの独自のスキル「笑声®レッスン」があったのですものね。そのトレーニング法が、声や表情筋を失った方たち、しかも放射線焼けの肌にも効果的なリハビリ法になることを身をもって示したことになりますねえ。これは凄い!「笑声®レッスン」効果をぜひとももっともっと多くの人に知ってもらいたいなあ。話すプロや俳優さんや歌手でなくても、ボディーと併せて、顔の表情筋やボイストレーニングも日課に取り入れることによって、今までと違う世界が拓けるかもしれません。

成田)人と話すことが苦手!という方の多くは、表情も乏しいと思います。人と話すためには心をオープンにしなければいけませんよね。心を閉ざしたうわべの会話ほどつまらないものはありません。「話すのが苦手なのではなく、心を開くのが苦手!」というのが本当のところではないでしょうか。だから、表情筋やボイストレーニングは、特別な仕事の人だけに必要なことではないと思うんです。話は少し逸れますが、日本人のお肌はきめ細かいけど、表情筋が下がりやすいと聞いたことがあります。

私は、その原因の一つは、日本人の発声・滑舌にあると思っています。日本語は、表情をあまり動かさず口先だけでも話せるんですよね。でも、外国で長く生活をしている日本人は、口元の印象が変わってきます。私の知り合いに、もう20年近くイタリアに住んでいる女性がいるのですが、サングラスをかけていると顎の動きと口元はイタリア人そのものです。メガネを外せば、一重まぶたの京女なんですけどね(笑)

武枝)わあ、いい話!顎の動きと口元はイタリア人かあ~。確かに、顔のお手入れとしての通常のマッサージ程度では、表情筋を鍛えることにはならないですね。

成田)でも、アナウンサーの多くは日本語を話していても口角が上がっています。それは、普段から表情筋や顎を動かすトレーニングをしているからだと思います。笑声®レッスンでは、必ず声を出す前に表情筋を柔らかくする「顔の体操」をするのですが、「口先ではなく、顔で話す」ためです。それだけで、皆さんの表情が生き生きしてきます。表情豊かな顔で話せば、抑揚のある声になり、その言葉は相手の心に届きやすくなります。

以前からそのことを伝えていたのですが、放射線の副作用で表情が動かなくなった体験を通して、改めて表情の大切さを確信しました。顔は心を映し出す鏡です。美しい造作のことではなく、美しい表情があって初めて豊かな声で話すこともできると思います。大人の顔には、その人の生き方が現れています。だから、誰でも、鏡を磨くように表情を磨いてほしいな。「顔と声と心」は繋がっていますから。

武枝)《「口先ではなく、顔で話す」「顔は心を映し出す鏡」「鏡を磨くように表情を磨いて」「顔と声と心」は繋がっています》って、名言!

話すプロとしての経験の積み重ねに加えて、放射線の副作用で表情筋が動きにくくなった体験を潜り抜けた成田さんの言葉だけに、説得力があります。

成田)考えてみれば、当たり前にあった「声」「嗅覚」「聴覚」「表情」を一度無くしてみて、その大切さを身をもって知ることができました。これは病気からのプレゼントです。鼻声だろうが、かすれ声だろうが、本当の声の魅力とは何なのか、実感できました。

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