第三楽章 〜生還〜

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3-1 神々しいほどの爽快感

第三楽章

武枝)成田さんが山を越えて見えた、「愛と感謝」が広がる素晴らしい心の景色!そのバックグラウンドミュージックにふさわしい曲って、何だろうなあ、って思い巡らしていたら、音楽ではなく、以前、伊豆大島の郵便局長さんに取材をして聞いた話が蘇ってきました。

 伊豆大島って、伊豆大島火山と呼ばれる活火山の陸上部分で、数多くの噴火の歴史を繰り返していて、昭和61年(1986年)の噴火の時には全島民が無事に島外避難したことがニュースでも大きく取り上げられましたよね。

 日本は火山国ではあるけれども、伊豆大島の成り立ちそのものからすると、この島の人々と火山の関わり方って特に緊密なのだろうなと予想してはいたのですが、私が恐る恐る質問した「そんな危険と隣り合わせの島にずっと住み続けようと思う理由」について、意気揚々とした口調で、郵便局長さんのこんな答えが返ってきました。

 「噴火した後の島は惨憺たる姿ですが、必ず島が生まれ変わることを島民は知っているからです。草木が一斉に芽吹き、島全体が緑に覆われて、それはそれは神々しいまでに美しいんですよ」

自然界の摂理と繋がっていることが日常になっている人の、何と大らかなこと!そして、何と逞しいこと!
成田さんが、病気と闘いながらも希望に満ち溢れ、苦痛の中でも体の底からエネルギーが湧いていた”謎”が少し解けたような気がしています。

成田)武枝さん、第三楽章の始まりは、音楽ではなく景色を見せてくださって、ありがとうございます。
郵便局長さんの、「噴火した後の島は惨憺たる姿ですが、必ず島が生まれ変わることを島民は知っているからです。草木が一斉に芽吹き、島全体が緑に覆われて、それはそれは神々しいまでに美しいんですよ」という言葉に、自分の姿と心風景を重ねました。
退院した時の私は、ある意味惨憺たる姿でした。10キロ体重が落ちたガリガリの体は、硬い椅子に座ると坐骨が痛くて長く座っていられません。バスタブでも腰を浮かせるようにしていました。鎖骨や肩の骨も浮き出ていました。そして脂肪の落ちたところはシワシワでした。特にお腹、お尻、二の腕の内側は、誰の体かと思うくらい年老いたように見えて悲しかったですね。

武枝)心は意欲に燃えているだけに、やりきれない思いは半端じゃなかったでしょう。それに、病気と闘うのに精根を使い果たしたのですから、精力・根気のタンクは空っぽになっていたでしょ。

成田)確かに体力のタンクは空っぽで、10分歩くのもやっとでした。そして、頭髪はもちろん、まつ毛も眉毛も鼻毛も、全ての体毛がなくなっていました。さらに、放射線の副作用で、耳が聞こえなくなり、粘膜が焼け落ちた鼻から喉にかけての痛みはまだまだ残っていて、唾液が出にくいことで声がかすれ、硬くなった表情筋も動かしづらくなっていました。

武枝)病気になっていることも知らず、生まれ変わったという報告を受けた後、東京・品川駅で20年ぶりに再会した時の成田さんの姿は、きびきびと洗練され、繊細にコントロールされた声、はじける笑顔、放射線で焼かれたはずの顔にはその痕形もなく潤いと艶があり、以前にも増して表情は溌剌とし、体にはしなやかさすら感じさせました。

その約1年余り前には、歩くのもやっとのことで、痩せこけた上にすべての体毛がなくなり、唾液も出にくくなっていたとは……しかも病室に笑いの輪を生み出していた成田さんの笑声がかすれ、笑顔の表情筋すらも思うように動かなくなってしまっていたなんて!

成田)今振り返っても不思議な感覚なのですが、伊豆大島の郵便局長さんがおっしゃったように、私も自分が生まれ変わることを信じていました。そして、見た目とは違い、こんこんとエネルギーが湧き出てくるような神々しいほどの爽快感だったんです。だって、苦しい産道を通過して、自分で決めた出産(退院)予定日に、望み通り生まれ直したわけですから。赤ちゃんだと思えば、不甲斐ない身体的状態なんて当然のことです。私が、この体をどのように受け止め、草木を芽吹かせてきたかを、少しお話させていただけますか。

武枝)少しと言わず、どうしてそういう受け止め方ができ、気持ちを奮い立たせることができたのか、ぜひとも詳しく聞かせて下さい。

私などは、20歳の時に体力が落ちるに伴って気力がどんどん失せていくのを実感する出来事があって、だから、大病を患いながらそれを誰にも悟られないように仕事をこなしている人や前向きに生きている方たちに対しては、羨望のまなざししかありません。

成田)確かに体力(体)と気力(心)は、前に進むための両輪ですね。それは私も入院時に実感しました。でも、退院後は「山を越えた」「生まれ直した」と感じていたからでしょうか。不自由な体を嘆くより、今まで当たり前だと思っていた自分の体や機能のひとつひとつに感動していました。何と言っても、味覚も嗅覚も無くし、何も食べられなくなっていた私に、少しずつ味わう喜びが戻ってきたことです。

繊細な香りが鼻先をくすぐる幸せ、歯ざわり、舌触りを感じられる楽しさ、そして喉越しで味わう喜び。その口福感に心震えましたよ。まるで少しずつ美味しいものを覚えていく赤子のように新鮮な感動でした。そして大好きな日本酒の繊細さも味わえるようになっていくのですから。エネルギーが満ち溢れてきますよねぇ〜、武枝さん(笑)

武枝)成田さんの実感に満ち満ちた爆発的で微妙な言葉を聞いて、<生まれ変われることを信じることそのものが生命エネルギーの源泉である>という確信を得ました。それで思いついたのですが、成田さんの体と心に滾々と湧き出て満ち溢れてきたエネルギーの正体って、もしかしたら<水>じゃないかなあ。火山が爆発して、溶岩が流れ出した後、その窪みに水が満ちて美しいカルデラ湖ができる、あの摩周湖、十和田湖、田沢湖、支笏湖もすべてそうして誕生したものなんですよね。

そして、爆発で噴き出た火山灰などが周辺を肥沃な土地に生まれ変わらせ、やがて郵便局長さんがおっしゃるような神々しいまでに美しい風景を出現させるんだろうなあって。地球の謎めいた展開と同じプロセスを成田さんが全身で体感したんじゃないのでしょうか。

病魔と闘って空っぽになったエネルギー・タンクに命の水が湧き出し、体の隅々までじんわり沁み込んで“潤ってゆく”につれて、失った味覚や嗅覚や、ありとあらゆる細胞が息を吹き返していく!その感覚を、持ち前の吸収力を発揮して、存分に味わい尽くしたのでしょう。だからこそ、一年余りのハイスピードで見事、みずみずしく、溌剌とした姿になれた!これは、生まれ変われることを信じられる者だけが獲得できる奇跡なのでしょう。

成田)武枝さんの言葉を、もう一度ゆっくりなぞります。「成田さんの体と心に滾々と湧き出て満ち溢れてきたエネルギーの正体は、もしかしたら「水」じゃないかなぁ。火山が爆発して、溶岩が流れ出した後、その窪みに水が満ちて美しいカルデラ湖ができる…」。すごいですね!そんな地球の謎めいた展開を、私の内部に起こったことと重ねてくださった想像力に驚愕しています。壮大な地球のプロセスと、私の体内というか脳内に起こったことを重ね合わせるなんて、自分では到底イメージできません。

いえ、私だけではなく、本来は誰もが、地球の営みと同じプロセスを内側に展開させながら生きているのかもしれませんね。確かに、退院後は、放射線や抗がん剤の影響で体はボロボロでした。でも、だからこそ!!火山が爆発して溶岩が流れ出した後に水が滲み出てくるような感覚を体験することができたのかもしれません。あ〜!今、ものすごく腑に落ちました。とてもリアルです。

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