第二楽章 ~心模様~

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2-1 ”強運レディース”の支え

第2楽章

武枝)先ごろ仕事でご一緒した指揮者の飯森範親さんのあるアドバイスを今、思い出しました。
音楽家の発掘・育成を目的にしたオーディションで、最優秀賞者はオーケストラとの協演ができるというコンサート前の練習の時のこと。フィンランドを代表する作曲家シベリウスのヴァイオリン協奏曲を演奏する新人に、「この作品が、外は零下30度という環境の下で創られたという温度感、世界観を自分の中でイメージし、明確にして演奏すると、作品の第二楽章の音色が多彩になります」って。そのイメージを膨らませるための参考にしてくださいと、ご自分が体験されてスマホに映したオーロラの動画を差し出されたのです。

成田さんの入院に至る話を聞いて、なぜ、こんなことを思い出したのか。

オーロラって、どうして発生するのか未だに明らかになっていないことが多いそうだけど、北極とか南極とかといった”極域”の近辺にだけ出現する現象でしょ。成田さんが、自分で決めたところまでの全ての仕事ををやり終え、安堵した夜に高熱が出たことって、究極の領域。その時に幾重にも交錯した成田さんの感情の色合い(心身ともに味わっている将来の不安・怯え、仕事を達成できた安堵感・充実感、そして《「はい、わかりました」と誰にともなく呟き、自分でタクシーを呼んで、身一つで緊急入院するのに、深夜に病院に向かいながら、どこか心は清々しく、とても穏やかでした。》という静謐な透明感……)がオーロラと繋がったのかなあ。しかも、その振る舞いの軽やかさ、痛快さ、茶目っ気といったらないよね!

成田) ふふっ武枝さん、今思い出してみると、この時の私ってちょっとコミカルだったかも。仕事をやり終えたこのタイミングで熱を出すなんて!偶然とは思えず、出来過ぎの映画のワンシーンのようでもあり、思わず笑ってしまいました。
でもこの時、ずっと私を見守ってくれていた何者かをとても近くに感じていました。天空に広がるオーロラのような神秘的で温かな何かに導かれて、この夜、病院まで連れて行ってもらったような感じがします。

武枝)ああ、そういうことかぁ、それって極域を体験した者だけが感じ取れる豊饒の世界だと思います!だなんて、元気になった今だからこそ言えるのですが。

深夜に身一つで緊急入院して、受け入れ態勢は大丈夫だったの?

成田) 病院につくと、当直の若い女性医師が笑顔で出迎えてくれました。血液内科の主治医から指示が出ていたようで、「成田さんのことは以前から聞いていました。私が当直で良かったです。これからよろしくお願いします」と。そのエンジェルボイスに癒されながら、その夜は解熱剤と点滴を受け、仮ベッドでしたが、ぐっすり眠る事ができました。

翌朝は高熱も下がり、しっかり朝食を頂きました。血液内科の病棟に移り、早速、心臓のカテーテル検査や放射線治療が先行して始まりました。

でも、緊急入院した私には、やり残してきたことがあります。週末土日に一時帰宅の許可を取り、一泊二日で一旦自宅に戻りました。病院でメモしてきたToDoリストを見ながら、仕事の請求書を作成し、部屋の大掃除を清掃業者に依頼し、冷蔵庫を空にして、不動産会社の女性社長さんにゴミ出しをお願いし、保険会社に電話を入れたり、入院に必要な書類を準備したり…。黙々とこなしました。

これが、オーロラだけを見ていられないシングルの現実というものです。想像するとコメディーのようでしょ(笑)。そして日曜日の午後、「行ってきます」と誰もいない部屋に声がけをし、入院グッズを詰めたスーツケースを持って病院に戻りました。

武枝)ストレートな言い方になるけれど、生きるか死ぬかの瀬戸際にあっても、冷静に考え、対処できるのが成田さんなのだと、改めて思い知りました。でも、ちょっと哀しい。泣き笑いしている成田さんが目に浮かんできました。

成田)確かにちょっと哀しいですね。でも、ありがたいことに、この時は一人ではありませんでした。素敵な二人の女性が自宅から病院まで送って下さいました。嬉しかったな〜。本当に心強かった。感謝しきれません。

武枝)ひとりで考え、決断し、実行していく成田さんだから、底力を信じていると来年夏の仕事のオファーを下さった企業の部長さんだけでなく、周りに理解者や応援団がいないはずはない!闘病に入ってからも多くの出会いがあったと思いますが、病院まで送ってくださる方もあったのですね。ああ、よかった!その二人の女性のことを、聞かせてください。

成田)本当に、人のご縁には感謝しています。特にこのお二人がいらっしゃらなければ、私は告知後どうしていただろうと思います。それが、以前からの友人でも知人でもないのですよ。私の仕事の一つであるコーチング業界の企業の方で、お名前は存じ上げていましたが、これまで話したこともありませんでした。そのお一人をY子さんとさせて頂きます。

実はY子さんは、私より1年ほど前、大きく括れば私と同じ血液の大病をされていました。私は怖くてとてもドクターに聞けませんでしたが、Y子さんは、「私はこのままだと余命何年ですか?」とドクターに聞かれ、「一年です。しかも移植しか助かる道はありません」と宣告されたそうです。そこで、ご自身で病院を探し、移植のできる病院に転院して過酷な治療を乗り超え、見事に生還されました。素晴らしいでしょ。私と同じように、一人で決断し闘われたお話に深く共鳴しました。

同世代で私と同じシングルです。出会いは、私のメンターコーチがY子さんに相談されたようで、「成田さんに直接お電話してもよければとおっしゃっていますが・・」と、ご縁を繋いで下さいました。お気持ちを素直にお受けして、初めての電話で2時間もお話ししたと思います。Y子さんの病状や、シングルが抱える課題、病院選択、予後についてまでをお聞きして、励まされたという言葉では語りつくせないほど寄り添ってもらいました。

もうお一人はM子さんとさせて下さい。入院前に最後のコーチングトレーニングにどうしても参加したくて、締め切られていたところを無理を言って参加させて頂きました。そこで講師をされていた女性です。これが最後のトレーニングになるかもしれないと思うと、いつもの景色が違って見え、馴染みの顔ぶれも愛おしく、心から楽しむ事ができました。そのお礼を言いたくて帰りにM子さんに声をかけたところ、「話は聞いていましたが、成田さんのことだったのですね!」とみるみる涙ぐまれて絶句されたのを覚えています。

無理言って申し訳なかったな〜と思いながら帰宅すると、翌日心のこもったメールを頂きました。実はそのM子さんは、先ほどのY子さんの同僚で、その方の闘病を献身的に支えられたご友人でした。そんなご縁から3人で会うことになりました。「なんでも手伝います」「部屋の掃除も行きます」と協力を申し出てくださり、「部屋の清掃業者の紹介」「食事について」「退院後の食材調達」について等、細やかな情報提供をいただいて、どんなに心強かったでしょう。

武枝さん、私ね、告知以降も何食わぬ顔で仕事していたようにお話しましたけれど、今想えば、告知から入院までの1ヶ月半ほどの間は、弱っていく体に鞭打って、闘いに向けての大切な選択や準備をしなければならず、本当はとても怖かったんです。腹痛と下痢に悩まされたりしてね。ドクターに訴えると「精神的なストレスですね」ですって(笑)

私の病気については、最小限の人にしか知らせていませんでしたけど、それでも、周囲のアドバイスや自分でつい検索してしまうネット情報に混乱し、一度思考が停止してしまったことがありました。また主治医ではない知人の医師の言葉にも震えました。「1日が命取りですよ!少しでも早く治療を開始しなさい!」と。怖くなって思わずY子さんに電話すると「明日、会って戦略会議をしましょ!今夜は何も考えず美味しいものをしっかり食べてね」と言ってもらっただけで、どれだけ救われたかことでしょう。そういえば、私、いつから食べてなかったかしら…って、我にかえりました。

一時帰宅から病院に戻る時は、Y子さんM子さんが部屋まで付き添ってくださったのですが、M子さんが3人のfacebookグループを作ってくださいました。グループ名は「強運レデイース」なかなか素敵でしょ!そこには、膨大な量のお役立ち情報と、愛あるやり取りが残されています。今読み直しても泣けてきます。

この3人のやりとりの記録を、私は一生消すことはないでしょう。入院中に必要なものが出てきた時、スマホからグループに投稿すれば、お時間のある方がお買い物をしてきてくださるシステムですが、朝に夕に届くさりげないご機嫌伺いの言葉も私を楽しい気分にしてくれました。私は一人ではなく、いつも「強運レデイース」と繋がっていられたのです。

これがどれほど心の平穏をもたらしてくれたことでしょう。文明の利器スマホとfacebookグループの活用は、シングルウーマンの痒いところに手の届く素晴らしいアイディアでした。私はお二人から、身内でも友人でもない者に対する”無償の善意・愛”が存在するのだということを教えられました。本当に頭が下がります。お陰様で、私はお二人に心を預けることができ、いつしか強い絆で結ばれていたように思います。

そして、病院に送り届けていただいた日の最後に、Y子さんはこんな言葉で励まして下さいました。「病院スタッフは医療のプロ。成田さんは患者のプロになってね」って。私には、「プロ」という言葉が響くことを見抜かれていたように思います。「さあ、本番だ」と、体に力がみなぎりました。

その翌日10月26日から、いよいよ、抗がん剤と放射線の本格治療が始まりました。

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