第四楽章 ~希望~

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4-6 必ず霧は晴れる

武枝)骨髄移植の治療をようやく決断したというのに、その心を折るようなセカンドオピニオンには、親身に相談に乗って下さっている主治医のO先生も耳鼻科のI先生も途方に暮れておられるようですね。I先生がお勧めになるサードオピニオンを探すとしても当てがあるわけではないし……

成田)O先生は考え抜いた上で大病院のドクターをご紹介くださったと思うので、申し訳ないような気持ちにもなりました。耳鼻科のI先生はご専門が違うので骨髄移植関連のドクター情報をお持ちではありません。

でも、この時I先生が面白い表現をされました。「成田さん、これは恋愛とは違いますからね、二股でも三股でもかけていいんですよ!」って(笑)。この言葉は、ともすれば途方にくれそうになる重い空気を和ませて下さいました。ふっと肩の力が抜けたのを覚えています。

恋愛だって、二股はあまりいただけませんが、思いを寄せる相手の本音が見えない時は、そのグレー部分を追求することに心を奪われ過ぎず、別の素敵な男性との出会いを求めたほうが良い場合もありますよね(笑)

少し話が逸れますが、以前、武枝さんに「成田さんは情が深い」と言われて驚いたことがありました。だって、私は若い頃から男性にのめり込むようなことはなく、関係を切るときはバッサリ切るタイプで、どちらかというと自分のことをクールで薄情けの女かと思っていましたから…。

I先生の言葉でそのことを思い出したんです。そうそう!相手の言葉に違和感や戸惑いを感じた時、その言葉の真意を正すことにエネルギーを奪われ過ぎず、他のドクターとも会って話してみれば良いのだと。

武枝)I先生、さすがに当意即妙ですねえ。ドクターからそんなアドバイスを受けたら、大手を振って二股三股をかけられる!!

成田)何事も迷い過ぎて決められないのは良くないと思いますが、治療法や医師の説明に違和感があるなら、二股三股は、重要不可欠なプロセスだと断言したいですね。

私は、希望を捨てることなく、自ら骨髄移植のできる病院を調べ、気になった病院のホームページを隅々まで読み、自分の直感だけを頼りにサードオピニオンを受ける病院を探しました。そして、ある病院の理念にこんな言葉を見つけました。「医療を通して人がその人らしく生き抜くことを支援する」。私は「その人らしく生き抜く」という言葉に心が震えたんです。その瞬間、この病院をサードオピニオン候補に決めました。

武枝)そうでしたね。あの時、成田さんが候補に挙げた病院を「そこがいいね」とも言い切れず、私は胸をかきむしっていました。窮地に追い込まれながらも、一歩踏み出す構えを崩さない成田さんって、剣術の達人の若武者みたい。

成田)武枝さん、若武者ではなく、「どこからでもかかって来い!」といった老剣士の心境だったかも(笑)

武枝)姿は若武者、心境は老剣士!いいですねえ。

で、成田さんは情が深いという話ですが、なぜかっていうと、成田さんは、相手の琴線に触れることを一番大事にしていて、外面的な条件よりも、その想いを最優先するから。お互いに一点でも強く心が響き合っていれば繋がり続ける、よね。

成田)はい!ご名答でございます。以前武枝さんと話したことがありますが、私たちって両生類的なところがありますよね(笑)。
生意気な言い方に聞こえるかもしれませんが、「男性だから何かを求める」というものがないのですよね。一人の「人」としては、自分の中に完成形を求めているから、男性に対して、一般的にいう男らしさの条件(力、経済力、包容力、学歴、社会的地位など)にはあまり興味がなくて、多少性格的にバランスに欠けていても、人として強く尊敬・共鳴する部分が一点あれば、「惚れてしまうやろ〜!」なのです(笑)

ここがなくなるとバッサリ!なんですね。武枝さんと話していると自分のことが本当によくわかってきます。でも、人は、「あなたは男を見る目がない!」と言いますねけどね。

武枝)女性にとっての結婚の条件が、三高やら三強やら四低やら三生やらと、時代によって変遷しているらしいけれど、そういう条件にかなうかどうかで男性を見ていないものね。確かに、「私たちって両生類的」。言い得て妙です。だから、企画の仕事などで、女の視点でアイデアを出してくださいって言われると、一瞬戸惑ってしまう……自分のこの考えは女の視点によるものかどうか、と。

成田)その通り〜〜!!「わたしの視点」でしかない。でも、それは男性が想像する「女の視点」とはほど遠いようで、男性スタッフをがっかりさせましたよね。

武枝)そうなのよね〜!ところで成田さんは、両先生との話し合いの後の電話で、取り乱すこともなく「とりあえず霧の中に座っていることにする」って言ってたよね。あの言葉を聞いて、私にもし絵心があれば、霧の中で一人静かに目をつむって座っている姿を想像してキャンバスに描きたい、もし私に音楽の心得があり、楽器を弾くことができれば、成田さんの心模様を音符に置き換えてチェロで演奏したいと思いました。そのどちらにも共通している通奏低音があります。必ず霧は晴れるという強い想い。望みは捨てないという揺るぎない姿勢です。

成田)私は本来、物事をグレーにできない性質ですが、いつの頃からか、あまりに霧が深い時は、一度立ち止まり、力を抜いて、無になることも必要だと思うようになりました。この時は自分の深い呼吸にだけ意識を向けています。あとは静寂です。

あの時、「とりあえず霧の中に座っていることにする」と私が言ったのですか?まったく記憶がありません!でもまさに、その時の私の”心の声”だったのでしょう。覚えていて下さってありがとうございます。確かに、必ず霧は晴れるというような心境でした。「答えは自分の中にある」はずだからです。

たぶんサードオピニオンを受けても、これまでと同じ見解だろうことは私にも想像できました。でも、私はサードオピニオンに、別の治療法を求めていたのではなく、納得のいく説明をしてくださるドクターとの出会いを求めていたんです。霧を晴らし、”自分の中の答え”を見つけるために。

武枝)窮地に陥った時は、ジタバタしないで、霧の中に座っている。霧が晴れるのを待ち、心が落ち着いたら、納得のいく見解を外の世界に求める。最終的に、自分の中に答えを見つける。今までも、成田さんがいろんな困難を切り抜けてきた“三段戦法”
今回のような最大級の危機的状況でも、日ごろから身に着けている行動設計のスキルを最大限に発揮していますね。

おそらく、最終的に自分の中に答えを見つけようとする成田さんに、何十兆とも推定されている細胞たちが総動員して何かを導きだしてくれることでしょう。

成田)そうなんですね!霧の中を歩き回れば道に迷う!こんな時はジッと座っているに限る。まだ霧の中ではありましたけれど、静かにエネルギーを蓄えて、私はとても元気でした。

ちょうどこの頃、武枝さんから送られてきた、この「キセキの対談」第3楽章の記事タイトルが「覚悟が決まれば楽しめる!」でした。「それが成田さんの特性を表す言葉だから!」って。何度かのやり取りのあと、深夜にようやく決まったこのタイトルは、私に大きな力をくれました。奇しくも翌日は、大病院の検査結果が出る日。どんな結果であれ、しっかり受け止めて次なる決断をしようという覚悟ができました。その夜はぐっすり眠ったような気がします。

武枝)あの夜は二人とも妙に感動して興奮していましたね。検査結果がどう出るか、不安が極致に達しているはずなのに、なぜか心が弾んでいました。そして、成田さんがその時力強く発した言葉が脳裏に焼き付いています。「せっかく頑張っている私の体の60兆もの細胞を、治療で殺すなんてできない!」って。そのセリフを、成田さんの細胞たちが聞いて喜んでいるだろうなと、私も嬉しくなったのを思い出しました。

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