第四楽章 ~希望~

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4-5 お腹が空く!万歳!

成田)大病院は、要塞のようにそびえ立ち、私は1人でそこに乗り込む戦士の気分でした。初診受付は手続きも多く、ドクターに会うまで、結構な時間がかかりました。

そして、ドクターとはセカンドオピニオン以来の再会です。私が持参したデータと共に診察室に入りましたので、私のことはあまり覚えてらっしゃらないようでした。開口一番、こうおっしゃいました。「なぜ、うちの病院にいらしたのですか?」と。
その経緯はもちろん、私の個人的事情や考え方については主治医のO先生が細やかに紹介状に書いて下さっているはずなのですが…、私は机の上に置かれたままの紹介状とデータを横目に見ながら、これまでの経緯。切除した副鼻腔の組織にがん細胞が点在していたこと。その結果を受けて主治医から骨髄移植の勧めがあったこと。などを自分の言葉で説明しました。

ドクターはセカンドオピニオンの時と同じ厳しい口調で、「前にも言いましたが、治療は骨髄移植しかありません。」ときっぱりおっしゃってから、骨髄を提供してくれる身内がいるかについて聞かれました。私は「いません。肉親には妹がいますが、頼むつもりはありません。もし移植しかないなら骨髄バンクで探していただけませんか」とお願いしました。
すると、「その時は移植科にご紹介はしますが、あなたをサポートする家族はいらっしゃいますか?」と続けの質問。さらに、「1人ではとても、この過酷な治療を乗り切れませんよ」とおっしゃいました。。

私はドクターの言葉の意味を掴みきれず、こう聞き返してしまいました。「先生、もし私に同居する家族がいなければ、治療できないということですか?」と。
私のその質問に対するお返事はなく、「例えば、治療後も酸素ボンベを手放せない生活になることもありますし、合併症で最悪のことが起こる場合もありますから、サポートはもちろん、ご本人の相当な覚悟が必要です。治療するならお仕事も諦めて下さい。」

私は、もう動揺することはありませんでしたが、指先が冷たくなるほど心が凍りつき、思考が停止してしまいました。
ただ…ぼんやりとですが、あまり私の治療に積極的ではないのかもしれないと感じていました。

ドクターは、その空気を断ち切るように、「まずはうちの病院でもう一度全ての検査をしましょう。その結果を見てみないと、今はなんとも言えません!」と。
この日はこれで終わりでした。診療時間は10分くらいだったでしょうか。2週間後の7月23日にPET検査、24日に副鼻腔の細胞を採取する検査の予約をして、診察室を後にしました。

2018年7月9日12時42分に、武枝さんに送ったメッセージの記録がスマートフォンに残っています。「病院の帰りです。何も見えなくなりました。でもお腹空きました。築地市場に寄ってお寿司を食べました!美味しくて幸福。帰宅してからご報告しますね」と。
何、この文章!?しかもこんな日に築地で高級お寿司?自分で自分の行動に呆れています。でも、ゆっくり頭を整理するためにも、何はともあれ、お腹を満たさなくちゃ妙案も出ない!という心境だったように思います。

武枝)ええええええええええええええええっ~~~

と叫びたいところですが、初診の様子を電話で私に報告する時の成田さんは、すでに築地市場で美味しいお寿司を食べて、満腹・幸福感に浸り、生命力を注入してからだったので、もうすっかり平常心!

これまでに何度も泣き叫びたい目に遭いながらも、そのつど突破口を見つけて克服してきただけに、今回は、「もう動揺することはありませんでした」と。瞬時に回復軌道に入ったのですね。

かねがね私は、未来予想図を自分で明るく描くのも暗く描くのも変更するのも本人の自由だけれど、個人の未来について他人が立ち入るお節介は、どんな高名な方であろうとご遠慮願いたい、と思っています(ただし、職業的占い師は例外。未来を予想してもらいたい方には必要な存在だから)。

今回の初診の際のドクターの対応は、想像するに、成田さんに対して特別にということではないのでしょうね。同じように深刻な病状のどの患者さんに対しても、一様の話法なのだと思います。ある意味、情を差し挟まない接し方だけれど、情を差し挟む、挟まないに関係なく、骨髄移植をした際に起こるであろう不安材料を並べ立てた患者の未来予想図を提示するのは控えて頂きたいと、私は言いたい。

それでなくても八方ふさがりの状況。がん細胞が点在している現実があり、転移する前に骨髄移植に踏み切るべきだと勧められたものの、過酷な治療をしても最悪の事態は否定できないと言われ、移植をすべきというドクターの言葉を受け止められないままに、一縷の望みを抱いて治療を決意して、ようやく歩を進めようとしたのに。

「あなたをサポートする家族はいらっしゃいますか?」の質問には驚きました。心は凍りつき、思考も停止するでしょう。明かりなし、周りは断崖絶壁、孤立無援の部屋に追い込まれてしまった気分。それでも、成田さんはするりとそこから出てきちゃいましたね。自分のストーリーを悲惨なものに仕上げたくない、ワクワクしたいという思いがいつも勝るから、お腹が空く!万歳!

成田)武枝さん、痛快です!ありがとうございます。
「自分のストーリーを悲惨なものに仕上げたくない、ワクワクしたいという思いがいつも勝るから、お腹が空く!万歳!」いいなぁ〜。
武枝さんの声が聞こえて来そうなこの言葉に、笑いながら胸を張ってしまいました。お腹が空くって素晴らしいことなのだ!体が今を生きている証!そして、お腹が満たされるとエネルギーと幸福感が満ちてくる。私たちは本来、そんな単純な生き物なのです。どんな時でも美味しいものを食べたくなる私は、健康体そのものではないですか。お腹が空く!万歳だ!!

さて、後日、この日のことを主治医のO先生と耳鼻科のI先生に報告に行き、私が感じた違和感と戸惑いを正直に伝えました。O先生は、診察のあと耳鼻科にもご一緒くださって、3人で今後のことを話し合いました。O先生の、科の垣根を超えたこういう対応が、本当に有難いです。

O先生は、「移植は他の大学病院などでも出来ますが、ご紹介した先生は成田さんの悪性リンパ腫のご専門なのでお勧めしました。でも気持ちがすすまないなら、お断りになっても構いませんよ」と優しく、しかし力強く言ってくださいました。
耳鼻科のI先生は、「やはり骨髄移植しかないという見解は同じでしたね。ただ成田さんと先生の相性が合わないのかもしれませんね」とおっしゃいました。
相性?なのかなぁと考えていると、さらに「医者の対応や言い方について、あまり考えすぎない方がいいですよ!そこはグレーにしておいて、サードオピニオンも考えてはどうですか?」と。

何事も納得して先に進みたい私にとって、違和感や戸惑いを「グレーにしておく」という選択は、驚きでもあり、ある意味新鮮にも感じました。私にはそういう緩さも必要なのかもしれません。確かにそんなところに立ち止まっている場合ではありません。ドクターの言葉の真意を問いただしても、あまり良いことはないような気もしました。

私は、大病院での検査結果が出る日までに、サードオピニオンを受ける病院を自分で探してみることにしました。

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