第二楽章 ~心模様~

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2-10 初蝶や谷渡り野を自在なる

武枝)う~ん、いいですねえ。

考えてみれば、「底力」とは、産道を突き進む時に振り絞る極限のパワーを指すのかもしれません。だから「底力」は誰にも等しく具わっていて、この世に生を享ける時に発動する経験をしているのよね。なのに、せっかく授かった貴重な「底力」の存在を自覚しないまま、有効に発揮しないまま、退化させているのかもしれません。

でも、成田さんは、常日頃から、自分の「底力」を意識し、信じていて、随所でその力を発揮し続けている。それは、たくさんの人が知るところですが、まさしく、このたび、がんとの闘いっぷりで、産道を突き進む時と同じ激烈な「底力」を示したわけです。

初めての経験だった赤ちゃんの時は成田さんも泣きました!(いや、あの「オギャー」は、辛かったという泣き声ではなく、生を享けた喜びの雄叫び「ヤッター」なのかもしれません。)けれど、今回、産みのような苦しみの中にありながら、笑顔と笑声を絶やさず、周りを和ませ、笑わせながら“生き直したこと”、ブラボーです。

結果、「自分が大切にしていることを確認でき、これまで感じてきた違和感や生きづらさを手放すことができ た」ということは、もしや生命起源に関わる揺るぎない根幹に触れてしまったということなのでは!?
成田さんが闘病中にたびたび感じていた「何かと繋がった」とは、そういうことなのかもしれません。だから、不必要な怯えや扱いかねていた惑いやためらいから解き放たれ、まとっていた鎧のようなものも脱ぎ去ることができたということなのでしょうか?そうだとしたら、成田さんには羽が生えたも同然。内部に滾々と湧き出る力強い生命エネルギーに任せて羽ばたくだけですね。

成田)そんな風に言っていただくと、ちょっと照れます。年齢と経験を重ねながら、少しずつ鎧のようなものは脱いできたつもりでしたけどね。今回こそ、産道での記憶をしっかり覚えておこう、自分の在り方や根幹にあるものを見つめながら生まれよう、と思いました。
そして産声が、「オギャーという泣き声ではなく、ヤッターという喜びの雄叫び」だと想像するとゾクゾクしました。なんて可愛い存在でしょう。痛快です。本当に赤ちゃんが雄叫びをあげて生まれてくるとしたら、私たちはこの世に生を受けた時、誰もが何者かと繋がっていることを覚えていて、精神的には「完璧にパワフルな存在」なのではないかしら。だけど成長するにつれて、大人が刷り込む価値観や世俗的な常識や人と比較されることなどで曇らされ、繋がっていたはずの何者かの存在を忘れてしまうのかもしれません。腑に落ちますね〜。だからこそ、誕生を「ヤッタね〜」と歓迎し、自由に生きることを応援してあげたいものですね。

自分という存在が改めて愛おしくなりました。武枝さん、素敵な仮説をありがとうございます。
「オギャーは喜びの雄叫び!」
これ、いいなぁ。素晴らしいです!!

武枝)あっ!いま、私の頭にチェコスロヴァキア民謡の「おお牧場はみどり」の歌が流れてきました。

 ♪おお牧場はみどり 草の海 風が吹く

  おお牧場はみどり よく茂ったものだ ホイ

  雪が溶けて 川となって 山を下り 谷を走る

  野を横切り 畑を潤し 呼びかけるよ 私に ホイ

そして、新たな命を生き直すことになった成田さんを思って、またまた浮かんだ拙い一句。

  初蝶や谷渡り野を自在なる  幸子

成田)あははっ!おお牧場はみどりの、「ホイ」がいいですね。のびのびと野を駆けながら時々跳ねる姿が少し喜劇にも見えます。素敵な句もありがとうございます。

ところで、先ほどご紹介したベテラン看護助手さんについて少し触れさせてください。この女性は、「こういう人のことをハンサムウーマンというのだ」と思わせる人でした。いつも笑顔でキビキビ動いてらして、大きな声で笑う。時には寝たきりの人のベッドを移動させて髪を洗ってあげる。また時には車椅子を押して楽しげに話しかけながら検査に同行される。患者に新しいパジャマを配り、体を拭くタオルを大量に準備し、汚れた洗面所を洗ってくださる。他にも仕事量は数え切れません。

看護師さんの手が届かないところを、細やかにサポートしてくださいました。しかも、決められた業務以外の気遣いがすごいのです。よく患者さんを見てらっしゃると思いました。痒い所に手が届くというタイミングで、いつもそばにいらっしゃるのです。私も、どんなに助けられたかしれません。

ある日、マスクをつけずに検査室の前に座っていると、偶然その方が通りかかり、「あら!成田さん、部屋から出る時はマスクしなくちゃ!」とすぐに気づいてマスクを調達してきてくださいます。私が免疫力が低下している時期だとご存知なのですよ!ベット脇の床に置いていたスーツケースを見つけると、「ホコリがたまるから棚に上げておくわね!」と移動させてくださったり、少し濡れたパジャマをそのまま着ていると、サッと着替えを持ってきてくださる。

体調が悪い日、放射線治療に行こうとすると「転ぶと危ないから一緒に車椅子で行きましょ!」と申し出てくださる。本当に、360度見える目をお持ちなのかと思ってしまいます。私にはとてもできないお仕事です。あの時の感謝と尊敬の気持ちは生涯忘れません。

武枝)ああ、こういう人こそ、「他人の人格や行為を高いものと認め、頭を下げるような、また、ついて行きたい気持ちになる」という“尊敬”の二文字にふさわしい方ですねえ。その方の頭文字を教えてくださいな。私の「尊敬する人物」メモリーに入れておきたいので。

成田)武枝さんの「尊敬する人物メモリー」に!わぁ〜、私まで嬉しくなります。こういう女性の存在をもっと多くの人に知ってほしいです。患者の最も近くに寄り添い、入院生活を支え、生きる力を与えているのは、実はこんなハンサムウーマンの皆さんの働きが大きいです。同じ女性として誇らしく、心から「尊敬」します。お名前を公表したいのですが、許可をとっていないので、「H」さんとさせて下さい。私が退院する時には、感謝の言葉とともに、しっかりハグしました。

武枝)そうなんだ!本当に素晴らしい出会いがたくさんありましたねえ。

そんな方々に巡り合うことができた話や、新たな命を生き直すエネルギー漲る成田さんの言葉を聴いていて、子供のころに見たドラマの中の、記憶に残っている台詞を思い出しました。TBS制作「七人の孫」(第1回は1964年~)という、森重久彌が演じる明治生まれの祖父と大正生まれの父母、そして七人の子供からなる大家族が織り成すホームドラマで、調べてみたら、最高視聴率33.3%、脚本・向田邦子と演出・久世光彦が売れっ子になるきっかけになった作品だそうです。そのドラマの中で、森重久彌が孫たちに言ったこの台詞なのです。

 「信じられるあまりにも大きな命を生きよ!」

その時は意味がよく分からなかったのに、この台詞を私がずっと記憶に留めようとしたのも不思議ですが、成田さんとの会話を通じて、その深い意味を実感し、理解できたこと、そして、私はこの時のために、その台詞を覚えていたのかあ、と思うと感慨深いです。

成田)あ〜!深い台詞ですね〜。「信じられるあまりにも大きな命を生きよ!」ゆっくり声に出して復唱させていただきました。そしてその台詞を覚えていらしたという武枝さんが素敵すぎます。言葉もまた「生きもの」。ある時、心に刺さった言葉の種が、時を経て芽を出し、必要な時に花を咲かせるのでしょうか。歳を重ねてこそ味わえる感慨ですね。

さて、そうこうしているうちに治療も終盤です。最後の頑張りから退院までをお話ししますね。

武枝)あっ、また大変なひと踏ん張りがあるのでしょうけれど、これからは聴くのも今までと違って気が楽かな。

成田)ぜひ、気を楽にして聞いてください(笑)。ただ産道は決して楽な道ではありませんでした。この頃の私は、体力的には一番きつい状態でした。放射線で、焼けた頬の皮膚が剥けて痛み、耳もかなり聞こえづらくなっていました。そして口内炎だらけの口の中は唾液も無くなり、すぐに舌が上顎に張り付いてしまいます。鼻から喉の粘膜も焼けただれ、痛みで食事をとることも困難になって、体重は入院時から10キロも落ちました。

痩せることなんて、ある意味簡単なことですね。食べられなくなるとあっという間でした。こうなると、自分でも目に見えて容姿の変化がわかります。Mサイズのパジャマのウエストがぶかぶかになり、半袖のTシャツから覗く二の腕がしわしわにたるみ。浴室で鏡に映る体を見て「これ、誰?」と思うくらいガリガリに痩せていました。また、抗がん剤はじわじわと良い細胞まで殺し、頭髪だけでなく眉毛も睫毛も鼻毛も体毛の全てが抜け落ちてしまいました。

免疫が落ちているため感染を避けて部屋で過ごす時間も長くなり、会いに来てくれる友人に「キャンセル」メールをすることも多くなりました。風邪の人、下痢をしている人は病棟には入れません。健康な人でも手洗いとマスク着用は義務付けられます。それほどデリケートな状態なんですね。でも、本人は、ここが「元気な産声を上げるため」の踏ん張りどころなのだろうと信じていました。

武枝)気を楽にして聞ける、なんて言ったけど、とんでもない!今までで一番息が詰まりそうでした。成田さん自身、本当に限界に達していたと思います。体力は底を突きそうになっていた……のでしょうね。でも、成田さんは、限界ぎりぎりのこの時こそ「踏ん張りどころなのだろうと信じていました」とおっしゃる。まさしく“最後の一滴”まで実際に使うことになるのだろうと思うと、一瞬、目がくらみそうになりました。現実にそれを実行できる人が何人いるかって話ですよね。おそらく、大抵は手前で心が折れてしまうでしょう。

成田)いや〜、私よりもっともっと長く過酷な治療を受けている患者さんはたくさんいらっしゃいます。何のこれしき!ですよ(笑)

でも、そんな想いとは別に体力はぎりぎりだったのかな〜。今、この頃の自分を俯瞰すると、意識では自分の底力を信じつつも、体は踏ん張ることができなくなってきていたような矛盾した感覚が蘇ります。それが1番怖いことですよね。

武枝)その矛盾した感覚をよくぞ告白して下さいました!それを聞いて、成田さんが、いかに細い刃の上で命をつないでいたかということがひしひしと伝わってきました。

成田さんと同じように、いや成田さんよりもっともっと長く過酷な治療を受けている方がたくさんいらっしゃるのですよね。

成田)そんな時、主治医のO先生からこんなことを相談されました。「成田さん、昨日のカンファレンスで、このまま成田さんの治療を進めるかどうか話し合いました。継続した方が良いという意見と、成田さんの体力が落ちていて、これ以上無理ではないかという意見が半々でした。あとは成田さんの意思次第です。」と。私が、「O先生はどちらの意見ですか?」と尋ねると、「僕は、再発させないためにも、今叩けるだけ叩いておいた方がいいと思いますが、やはり、成田さん自身の気持ちが1番大切だと思います」と。

世間では、大事な判断を患者に委ねることをどのように受け取られるかわかりませんが、私は、ドクターと家族の話し合いではなく、本人がこうした会話の中心にいられることが、心から嬉しかったんです。もし再発したら同じ治療はもう効果がないそうです。私に残された次なる治療法は、「骨髄移植」だけだと聞いていました。その時はこの病院ではなく移植設備のある病院に転院になります。どこでどんな風に生まれ直すか、その後どんな生き方をするか、自分が決めなくて誰が決めるのでしょう。私は即答しました。「私なら大丈夫です!O先生のお考え通り、ここで最後まで叩いてください。」と。さらに言いました。「先生、私ね、クリスマスに退院して、その日シャンパンで乾杯しますから」って。O先生も「わかりました。一緒に目指しましょう!」そうして、治療は続行されました。

あっ、武枝さんの辛そうなお顔が浮かびました。ちょっと笑える話をしますね。気持ちを楽にしてください(笑)

武枝)残された最後の力を振り絞って生まれ直す場を自分で選択し、即答した成田さん!最後までドクターとの信頼関係に揺らぎがなかった成田さん!そしてこの段階でも私の気持ちを察して笑える話を、という成田さん!すべてに感動しています。

成田)武枝さん、笑える話の前にもう一つ大切な話をしたくなりました。つい先日の定期検査で血液内科のO先生から、こんな言葉をいただきました。「僕は、成田さんとの信頼関係があってこその結果だと思います。僕を信頼してくれて嬉しかった。成田さんを見ていて病気を治すのは患者さんの力だと思いました」って。感動しました。医療のプロと患者がそれぞれの力を発揮してこそ大病に全力で立ち向かえるのだと改めて確信しました。

でも、チーム医療を根付かせるには、患者の意識も変わる必要があると思います。そしてドクターと患者の信頼関係は、率直で前向きな会話を重ねて培われます。そのことを強く強く伝えたいです。結果がうまくいったから言えると思われるかもしれませんが、もし、結果が思う様にならなかったとしても、力を合わせて共に闘い抜いた実感があれば、私は結果の全てを受け入れ感謝できたと思います。

武枝)そこですね。結果のよしあしが問題ではないのよね。どう生きるか、自分の可能性を精一杯出し尽くすかに力点が置かれている。結果がよくても悪くても、因って来たるところは自分という「自因自果」の強い気持ちが根本にあるのよね、成田さんには。

成田さんが”真剣”を抜いて病気と闘った!そして、医療のプロたちは”真剣”を抜いて病気と闘う成田さんを助けようとして下さった!底力の使いどころだけでなく、真剣の使いどころ、ドクターと患者の信頼関係を築くことまで、身をもって示した成田さん。

その真意が伝わらず、「結果がうまくいったから言える」という方がいらしたら、元プロレスラーの高田延彦さんにお願いして「出てこいや~!」と叫んでもらうことにしましょうか。

成田)え〜!!突然高田延彦さん登場?いや〜、「出てこいや~!」と叫ぶその声は、武枝さんではないですか〜。私には武枝さんの声が聞こえてる気がしますけど(笑)

武枝)ホンマやね。高田さんに頼んでいる場合ではない!

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