第一楽章 ~再会~

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1-5 死力を尽くして生まれた“記憶”

成田) 武枝さんのおっしゃるように、私たちは、生き始めた時の記憶はありませんが、本当はあったんじゃないかなって感じることがあります。でも、大人になるにつれ、その記憶は薄れてしまったのではないかしら。告知を受けた後、私はよくこんなことを呟いていました。
「神さま、私の魂に戻れとおっしゃるなら従います。でも、もしまだ私にすべきことがあるなら、もう少しだけ命を下さい」なんてね。まったく無宗教で信仰など持たない私ですが、真顔でそんなことを呟いていました。

「神さま」と言ってはみたものの、それは、生まれた時に繋がっていた、自分を包む何か大きな存在のようでもあり、自分の中の深いところに存在するもののようでもありました。とにかく何かと繋がった感覚がありました。そして、その繋がっているものの声を信じようと思えたんです。

「自分を信じる」ということは、良い方にだけ盲信するのではなく、どちらになっても受け入れるということだと思います。そんな覚悟が整い、病気を受け入れた途端、不思議なことが起きたんです。あんなに長年苦しんでいた鼻づまりがなくなって、「治ったのでは?」と思うくらい、ひと時元気になったんですよ。自覚症状の無いのが”血液のがん”なのですが、私はこれ幸いに、普通に仕事をし、入院前壮行会と称して仲間とお酒を楽しみ、ランニングをしながら普段通り過ごしていました。

武枝)母体の中で芽生えた命!心臓の脈打つ肉体となった命は狭い産道の闇の中で、自分の鼓動を聴きながら、その先にある確かな光を感じ取り、命が持つ能力のすべてを出し切り、死力を尽くして突き進むのだと思います。この世に生を享けるためにはそれなりの苦しみを通過しなければならないという原初の記憶が、がんの告知を受けた後、成田さんに蘇った!のでしょうね。

それにしても、告知を受けた後も普段通りの生活を続けていたなんて!また、びっくりマークがいっぱい!

成田) 決して逃げていたわけではありませんが、あまりにも考えることが山積みなわけです。私が1番に考えていたことは、「このままだと、どこまで体がもつのか?」「受けている仕事をどこまで出来るのか」でした。武枝さん、私たちフリーランスは、頂いた仕事を全うできないことが、何より辛く悲しいことではないですか?のちに一緒に闘って頂くことになるドクターとも、当初はそのことばかり話していました。そんな私の気持ちを、よく理解して下さったドクターとの出会いについてもお話しさせて下さい。

武枝)確かに、フリーランスは、肩代わりも尻拭いも含めて誰に託すこともできず、すべての始末は自分が負わなければいけないし、それができないようでは仕事は頂けないですものね。

告知を受ける前の体調が最悪な時も何食わぬ顔で仕事を続けていたけれど、がんであることが分かっても、請けていた仕事は全うしようとしたのでしょうね。

成田) 何でしょうねぇ。責任感というより、今まで、仕事に穴を開けたことのなかった私には、自分の事情で仕事をキャンセルすることは、耐え難いことでした。フリーランスが仕事をいただけるありがたさ。信頼と期待に応えたい自分。最後になるかもしれない仕事への情熱などが溢れてきました。だから、その頃の私は、入院をできるだけ先延ばしにしたかったんです。私の頭の中では、「来年の仕事は諦めよう。でもスピーチコンサルをさせて頂いている方の晴れ舞台である10月28日は見届けたい。願わくば、11月末のお仕事までやり遂げたい」と考えていました。

ドクターも、私の気持ちをとても理解して下さったのですが、「11月末までは難しいと思います。もし高熱が出たら即入院ですよ」と言われました。そんなわけで、体調を見ながら入院日を決めようという事になり、まずは通院で、腫瘍が脳に転移していないか、治療に耐えられる心臓かどうかを調べる検査を受けながら、何食わぬ顔だったかどうかはわかりませんが、誰にも気付かれず、普段通り仕事をしてました。武枝さんのご想像通りです(笑)

武枝)《「今まで、仕事に穴を開けたことのなかった」「自分の事情で仕事をキャンセルすることは、耐え難い」「フリーランスが仕事をいただけるありがたさ」「信頼と期待に応えたい自分」「最後になるかもしれない仕事への情熱などが溢れて」 「入院をできるだけ先延ばしにしたかった」「来年の仕事は諦めよう。でもスピーチ指導をさせて頂いている方の晴れ舞台である10月28日は見届けたい」「願わくば、11月末のお仕事までやり遂げたい」》

現実は深刻な病の危険な領域に向かっているというのに、この一連の言葉はすべて希望に満ち溢れ、輝きながら次のステップに進んでいる話を聴いているような錯覚に陥るのは、一体どういうことなのでしょう。

成田)武枝さん、それは、錯覚ではないと思います。その頃の私は、仕事をしながら、病気を乗り越えた先の未来を見据えていましたから。

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