カテゴリー: 終楽章〜感謝〜

  • 5-3 よく生きた!また会おう!また飲もう!

    成田)私にとっての「祈り」をもう少しわかりやすい言葉にできないかと考えていたら、第4楽章で書いた「スペシャルな独り言」を思い出しました!「常に自分の内側で交わされている”スペシャルな独り言”」が祈りに通じていたのではないかと。

    スペシャルとは、苦しみや悲しみからくるニーズ(欲求)ではなく、真実を受け止める穏やかで澄み切った心の状態。過去の悔いや未来への不安ではなく、”たった今”の自分の内なる声との対話。その「スペシャルな独り言」を、心で思うだけではなく声や文字にして外に出すと、自分の目や耳からもう一度インプットされますよね。それが、私にとっての「祈り」になったのではないかしら。

    武枝)ますます分かりやすくなりましたねえ。

    「祈り」の言葉の成り立ちを調べてみると、「い=神を祀るという意味の斎(い)み」+「のり=神聖な言葉を発するという意味の、宣(の)る、告(の)る」→「斎み宣る(いみのる)」からきているという説があって、それだけに、崇高な境地のように思え、距離感があり過ぎるのよね。それを、誰もが手の届く身近なレベルに、アシストしてもらった感じです。

    成田)本来「祈り」という言葉には、そういう成り立ちがあったのですね。そんな崇高な意味も知らず、勝手な捉え方をしていたことを少し恥ずかしく思いながらも、許されるなら、「祈り」を身近なものとし、自由なスタイルで祈りたいなぁと思っている私です(笑)

    ただ、「祈り」について、一つだけ、疑問に思うことがあります。それは、「高価な祈祷を受けたり、誰かの祈りを込めたという水や物品を購入する」という祈り方についてです。信仰を持たない私ですが、礼拝や祈りとは、個々人の心の中にあるものだと思っています。人の弱みにつけ込み、精神をコントロールして”お金を要求する人”には惑わされてはいけないと言いたいです。

    「遠隔操作」などと言って、有料で誰かのために祈る人が存在するんですよね。大病で亡くなった芸能人の方の中にも、最後はそうした「祈りの力」に頼られたという話を結構聞きました。私は、そうしたものに頼ることは、かえって人間が本来持っている自己治癒力を鈍らせ、依存体質になるのではと思えてなりません。

    もし、本当にそのような力を持つ人が存在するとしても、私は、知らない人に自分の体と心を操作されたくはないです!それって、自分の人生を人に預けるようなものではないですか。結果がどうあれ、自分で考え選択する過程にこそ、生きる意味があり、人としての成長や喜びがあるのではないかと言いたいです。

    武枝)私も、力を込めてそう言いたい。

    誰かに頼りたいという気持ちが勝ってしまうと、人生の大事な局面で、「遠隔操作」的な存在に引っかかる!だから、私は、他人の力は有難く”お借りする”にとどめておくことにしています。

    成田)コーチングでは判断を他人に任せることを「他責」といい、コーチは、相手が自分の責任において選択する「自責」で物事を考えられるように対話します。人は自分で決めたことしか、本気にはなれない生き物のようです。自力で「決断した後のパワー」は大きく、自分の言葉で決断を宣言したとたん、別人のようにスッキリとした表情で軽やかに動き出す方も多いです(笑)自分の言葉が人生を動かす力を持っているなら、これこそ「祈り」ではないかしら?ただ、私は、一旦宣言したことも「絶対」ではなく、気が変わっても良いと思っています。あまり深刻にならず、「そうなればいいな〜」とワクワクするような、ゆる〜い祈りがいいと思うんだなぁ。

    武枝)ああ、その「ゆる~い祈り」って、いいですねえ。常に修正可能というスタンスですよね。
    「自責」と「他責」という話が出たので、ついでに日ごろ気になっている「無責任」話を。
    「誰かがそう言ってた」という話を、そのままいかにも本当らしく話す人がいて、その話を聞いた人がまた他の人に「そうらしい」と話して、本当か嘘かわからない話が延々と続いていく状況。あれって「無責任」の数珠つなぎですよね。その延長線上に、《高価な祈祷を受けたり、誰かの祈りを込めたという水や物品を購入する》という事態も発生しているような気がしてなりません。

    成田)全く同感です!私は、西洋医学もドクターに対しても、心からの敬意を払っています。昨今の診察が少々データに偏りつつあるようには感じますが、それも医療の進歩の一つでしょう。そして私が出会ってきたドクターの多くは、「患者を救いたい」と言う思いから、懸命に考え、寄り添って下さいました。

    入院していた時に、その様子はこの目でしっかり見てきましたから。人としての信頼関係が基盤にあるからこそ、データに基づく医師の話も冷静に受け止める事が出来、自分の思っていることも正直に話すことができました。私が、再発しても骨髄移植に踏み切れず心が揺れていた時、主治医のO先生がこんなことを言ってくださいました。

    「成田さん、移植を選択しなくても、民間療法”だけ”に頼ることはお勧めしません。不安があれば、なんでも私に相談してください」と。

    そして、以前にも書きましたが、忘れられない言葉がありましたね。「医者はデータで話しているにすぎません。データとして正しいことが、成田さんの生き方にとってベストかどうかは別だよね。何を選択するかは成田さんが決めることです」。このドクターの言葉があの時の私を強くしました。いえ、今も私の支えです。

    武枝)本当に、ヒビが入りそうになる不安な心の隙間をコーキングして、更に強化してくださいましたね。ドクターと患者の間で、人生観に関する会話がこれほど真正面から向き合って交わされたってことに、改めて感動します。

    成田)私は民間療法には一切頼りませんでしたが、患者は時に、藁にもすがりたくなるかもしれません。そんな気持ちも察して寄り添って下さいました。だからこそ、自分はどのように生きたいのか、何を大切にしたいのか、自責で冷静に考え選択することができました。

    どんなに医学やAIが進歩しても、最高の妙薬は、心(魂)を支える「人対人」ではないでしょうか?私は良き主治医に巡り会えたことに心から感謝しています。もしかしたら、出会うべき人に出会えたことも、「祈りが通じた」ということではないかしら。

    武枝)半世紀以上生きてみると、「どのように生きたいのか、はっきりしている者、自責で冷静に考え選択してきた者は、その人にとって大切な状況を引き寄せる」ということが明確に実感できるようになりましたね。会いたい人には会える!会うべくして会う!そして、こうありたいという方向に向かう、と。

    そうそう、ラグビーの2019年ワールドカップ日本大会で、優勝候補のアイルランドに歴史的な勝利を遂げた後、日本代表の主将リーチ・マイケルがこんなことを語っていましたね。

    「勝ちたいというメンタリティーと、勝てるという自信が一番の勝因」って。

    これを聞いて、成田さんの言う「”スペシャルな独り言”が”祈り”に通じる」の意味が更に生き生きと立ち上がってきました。そして「祈りが通じた」んだという、計り知れない力の大きさも感じました。

    成田)「誰の人生にも光と陰がある!」とよく言いますが、誤解を恐れずに言うと、私は、命に関わる病になったことが「人生の陰」とは思っていません。以前にも書きましたが、告知を受けてからの日々は、決して苦しみばかりではなく、その裏側に張り付いている「幸せ」を感じることのできた時間でもありました。

    闘病中の私は、ハードな治療の中でも、この「幸福感」に多くの意識を向けていたように思います。一瞬真っ暗な海の底まで沈むこともありましたが、仰ぎ見れば、そこには暗い海底に差し込む一筋の太陽の光が見えました。その光は、自分のスペシャルな独り言であり、信頼するドクターの声であり、私の命の真ん中に届く愛ある人たちのスペシャルな言葉でした。

    武枝)暗い海の底に沈んでも天を仰ぎ見れば必ず一筋の光が見える!それを命がけで体験した成田さんの”命の真ん中に届いた言葉”は、どのようなものだったのでしょう。

    成田)武枝さんも成田も、長年言葉にこだわる仕事をしてきて、言葉選びがどんなに大切なことかをよくよく知っていますよね。自分が感じている言葉へのこだわりや違和感は譲れなかった!自分の言葉に嘘はないか、正直か、誰かを傷つけないか、間違った解釈をしていないか、偏った見方ではないか、シンプルで誰にでも伝わる言葉かなど。

    私は報道キャンスターだったとき、記者さんが足で取材し、映像にまとめ、時間に合わせて書かれた原稿を読んだ後、自分に与えられた時間(15秒くらい)の中で、秒針を見ながら、どんなキャスターコメントで締めくくるか、必死で毎日向き合っていました。

    まだまだ世間知らずで、自分の考えや言葉に自信がなく、与えられた役割の大きさに潰れそうでした。

    キャスターの言葉一つで、ニュースをわかりやすくも台無しにもします。取材記者の想いやニュースのポイントがよりクリアになるような言葉。ある時は、違った視点を提供できるような言葉を選び、それをどんな声のトーンや表情で伝えるか。これは大きなやりがいでもありましたが、今思えば修行でした。生放送での言葉選びは、自分の中身が丸見えになる瞬間でしたから、怖くて、不安で、いつも緊張感との戦いでしたよ。

    私は、”原稿読み”は上手とは言えませんでしたけれど、”自分の言葉”をアウトプットできる場を与えていただき、ある意味水を得た魚のようでもありました。

    でも、それまで感性だけで自由にものを言っていた私にとって、ニュース番組のアンカーとして、責任ある言葉を選び、短いコメントで何を伝えるかを考え続けた日々は、なかなか苦しい修行時代でした。でも人生に意味のないことはありませんね。あの経験のお陰様で、自分の感性と冷静な思考の両輪で言葉を選ぶ術を少しばかり鍛えられたように思います。

    武枝さんの言葉の源泉はどこにあるのですか?そう言えば、長いお付き合いなのに伺ったことなかったですね。出会った日から誰より言葉が通じあっていたから(笑)聞く必要もなかったのですが、よかったら改めて教えてください。

    武枝)確かに、驚くほど、面白いほど、すぐに二人は通じ合いましたねえ。

    成田さんとの出会いは、報道キャスターとして抜擢される前ですが、その時に一緒に携わった番組でも、従来の傾向だった男性司会の女性はアシスタントというのではなく、二人司会の掛け合いで進行するという形でした。”自分の言葉を持っている”成田さんが、女性メインの報道キャスター第一号になったのは当然の道筋だった、と思います。

    で、私の言葉の源泉についてのご質問の件ですが、私は中学生まで日本の秘境中の秘境で育ち、村には本屋さんもなければ、映画館もないような環境でしたし、木に登ったり、一日中、外で遊びまわっていた子でしたから、実のところ、その頃、本らしい本を読んだ記憶がありません。高校に入ってできた友達が、たまたま文学少女(今どき使わない表現ですね)で、家に遊びに行くと、お父様の書斎には本がびっしり。その時、友人の勧める本を読み始めて、自分の言葉の貧弱さを思い知りました。

    そして、友人がやっていた短歌も真似て、雑誌「短歌研究」に投稿するようになったのが、言葉修行のスタートですね。

    それから、もうひとつ、高校の「倫理社会」の先生の影響も大きかったなあ。授業で世界中の哲学者たちの名言を片っ端からかみ砕いて教えてくださって、それをまずノートの左半分に書き、右半分は空けておいて、家に帰って、自分の考えたことを何でもいいから書き、書いたらそのつど提出するというやり方でした。強制ではなかったので、右ページが真っ白なままの生徒もいたようですが、私はそれが楽しくて、いつもぎっしり書いて出すと、先生は真正面から向き合って、必ず感想や補足を書き加えて返してくださいました。

    教えてもらった名言の中で、心にずっと残っているのが「我思う、ゆえに我あり」というフランスの哲学者デカルトの言葉です。あれ!これって、成田さんの根底に流れている考えと一緒じゃ~ん!

    成田)え〜〜!「我思う、ゆえに我あり」。武枝さん、そんなすごい哲学者の真理が、私の根底にも流れているなんてさらりと言わないで下さい。我(私の場合)はささやかな「自意識」にすぎませんから(笑)

    武枝)報道キャスター時代に《自分の言葉に嘘はないか、正直か、誰かを傷つけないか、間違った解釈をしていないか、偏った見方ではないか、シンプルで誰にでも伝わる言葉か》と毎日必死で向き合っていた成田さん。第三楽章の3-6「まだ何を試されているのか」で書いているように、病気の再発の診断が下された時に、「まだ何を学べというのか?」「何を試されているのか?」「何を経験しろというのか?」と自分に問いかけた末に、「希望はある」と前に進むことを決意し、かねてからの願いだった引っ越しを決行した成田さん。どのエピソードを切り取っても、「成田さん思う、ゆえに成田さんあり」ですから~

    成田)そうですね!誰がなんと言おうと、「自分のことは自分と対話して決める」と言う気持ちがいつも私の根底にありますね。人はこんな私を頑固と言うかもしれませんが、私はただ「自分に嘘をつきたくない」だけなんですよね。自分自身との信頼関係なくして、人と”真の信頼関係”は築けないのではないかしら。

    だから自分自身と対話できる人は、人の話にも真摯に耳を傾けることのできる人だと思います。そして自分の考えや価値観を人に押し付けることはしません。まさに「我思う、ゆえに我あり」ですね。そんなことを生徒に考えさせて下さった「倫理社会」の先生が素敵です。私も悩める少女時代にお会いしてみたかったな。

    武枝)そうそう、その先生のことを私は勝手にソクラテスって呼んでました。「無知の知」を唱えた古代ギリシャの哲学者の名前ですけど、その言葉の意味を教えてくださった恩師がソクラテスの再来のように思えたのかもしれません。

    成田)そして!武枝さんにとって、雑誌「短歌研究」への投稿も言葉修行の一つだったのですね。私たちの対談の中でも、武枝さんが私のために詠んで下さったいくつか素敵な句がありましたね。本当に一つの言葉から、武枝さんの想像力とそこに見える情景と想いを共有させていただき感動しました。「言葉」は、長く説明すれば伝わると言うものではありません。言葉を使う人の感性と伝えるタイミングでしょうか。

    私たちが出会った頃から不思議なほど通じ合えたのは、表現の修行の根底に「自分で考え自分の言葉で伝えたい」欲求があったからかもしれませんね。そう言う意味では、修行ではなく「自分の在り方」探しだったような気もします。だからこそ武枝さんと共鳴し合える今があるのですから。振り返って見れば、あの修行は、苦しみではなく、実は喜びへと続く道だったと確信します。

    それにしても、心柔らかな年頃に、誰と出会ったか、どんな言葉に接したかは、一人の人間の生き方に大きく影響するのでしょうね。倫理社会の先生の「右半分は空けておいて、家に帰って、自分の考えたことを何でもいいから書いて、書いたらそのつど提出するというやり方」も、それを「強制しない」というところも素敵です。鳥肌が立ちました!武枝さんの「ノートの右半分」には、多感な頃の武枝さんの想いや言葉が溢れていたでしょう。ゾクゾクします。

    若い頃は、自分という存在自体が不可解で、大人の使う言葉や社会通念に対する違和感の”正体”もつかみきれず、その自分の戸惑いを言葉にすることがとても難しいことに思えました。同じ言葉を聞いても、「そういうものなんだ」と受け入れられる子供と、「なんか違う」とこだわる子供がいる。

    武枝さんの倫理社会の先生は、どんな偉人や哲学者たちの名言でも、自分でしっかり考え、自分の意見(言葉)を持つことの大切さを教えてくださったのかもしれませんね。すごいなぁ!ノートの右側の白紙部分が眩しく輝いて浮かびました!勝手な想像ですみません。

    武枝)まったくその通りです。同じ言葉を聞いても「なんか違う」とこだわる側にいた子供にとって、倫理社会の先生が与えてくださったレッスンは、「なんか違う」から「この点がこう違う」と、具体的に言葉で表す方向に導いてもらえたという実感があります。「ノートの右側の白紙部分が眩しく輝いて浮かびました!」と言って頂いて、嬉しいわ~乏しいボキャブラリーを引っ張り出して、哲人の名言に対して異論を書いてもいたんだろうなあと思うと、笑えます。

    成田)笑うどころか拍手喝采です!偉人の言葉には感動も学びもたくさんありますが、それは誰にでも共通するたった一つの正解ではなく、心柔らかな年頃にたくさんの言葉に出会い、自分で考える経験こそが大切なのではないでしょうか。

    私が命に関わる病気になった時、多くの人がいろんな言葉をかけて下さいました。私の”命の真ん中に届いた言葉”については、これまでも、この対談の中でたくさん紹介してきました。主治医の言葉、仕事先の担当部長の言葉、友人の愛ある言葉に一条の光を見ました。

    一方で、あまり嬉しくない言葉があったのも事実です。ある日突然、大病を打ち明けられたら、なんて言っていいかわからないものですよね。受け止め方は人それぞれなので、あくまで私の感覚にすぎませんが…、もう少し言葉について振り返ってみたいと思います。

    ご承知のように、私は、自分の病気については、両親にさえ打ち明けず、仕事などで迷惑をおかけする方やごく身近な人にだけ伝えました。なるべく明るくさらりと伝えるのですが、多くの方が言葉に詰まられました。私が一番困ったのは泣かれることでした。これは本当に困ります。それって…まるで永遠の別れのようではないですか(笑)「大丈夫です!必ず戻ってきますから」なんて、逆に私が慰めたりして、後で重い気持ちになったものです。

    他には、「何も考えず、今は治療に専念してね」も、言ってしまいがちですよね。私はこれも、少し寂しい気持ちになりました。もちろん専念するから入院するんですよ!意味がわかりませんでした。「あなたがいなくても大丈夫!」と言われているようにも感じました。私は、人から必要とされることがエネルギーになる人間ですから。私をよく知る人なら使わない言葉でしょうね。

    こんな言葉もありました。「無理しないで、泣きたくなったら電話してきてね!」う〜ん、無理なんかしないし、泣きたくなると決めつけないで〜!もしも本当に泣きたくなったら、私はきっと一人で泣くでしょう。それが成田万寿美ですから。

    さらに戸惑ったのは、両手を握りしめ「私のパワーを分けてあげる!」って。え〜、いらないから〜!思わず体を引いてしまいました(笑)

    こんな私は、かなりへそ曲がりでしょうか?皆さん、言葉が思いつかず、精一杯の気持ちを伝えようとして下さっているのはわかりますが、正直言うと、私はあまり嬉しくありませんでした。がんになったらこんな気持ちに違いない。こう励ますべきだろうと決めつける。当の本人は、泣く暇などなく、必ず戻ってくると思って準備をしているのにね。

    一方で、嬉しかった言葉は、「成田さんの底力を信じていますよ」「オファーを入れておきます。来年も一緒に仕事しましょう」「姉さん、また飲もう」「成田さんは病気ではありません。心はとびっきり健康ですから」「いつもそばにいるよ!」「成田さん、大好き!」「愛してるよ!」など。曇りのない笑顔と私を信じて下さる真っ直ぐな言葉でした。その言葉に泣きそうになったことはありましたけれど、心から嬉しく心強く思えました。「きっと、またこの人と元気で会おう!」って。
    言葉は本当に大切です。短くても魂に触れる言葉があることを実感しました。

    先日、私が主宰する「笑声(えごえ)会」の望年パーティーで、こんな挨拶をしました。
    「…私は、明日死んでも悔いのない生き方をしたいと思っています。だから一つだけ皆さんにお願いしたいことがあります。私が死んでも、お”悔やみ”申し上げますだけは言わないでね。そんな常套句は私には必要ありません。それより、よく生きた!また会おう!また飲もう!と言って笑顔で送ってね。」私は至極真面目な本音を明るく笑いながらスピーチしました。みんなが笑ってくれたことが嬉しかったです。

    武枝)素晴らしい!!その3つのフレーズに、成田さんの人生、生き方、価値観が凝縮されています。

    短くても魂に触れる言葉と、饒舌でも美辞麗句であっても空々しい言葉。その境界線はどこにあるのでしょうね。

    先日、モスクワ生まれで西に亡命したアファナシエフというピアニストのドキュメント「ハイビジョン特集~漂泊のピアニスト・アファナシエフ「もののあはれ」を弾く~」のテレビ再放送があって、それは、彼の深遠な演奏と、彼が日本の「もののあはれ」に惹かれていることとの関係に迫るという内容だったのですが、その中の、後進に指導する場面で印象的なアドバイスがありました。「演奏の時に体や手を大きく動かして、その曲を表現したつもりにならないで!」と。

    その演奏が魂に触れるかどうか、その言葉が魂に触れるかどうか、の問いに共通するキーワードかもしれません。

  • 5-2 祈りの力

    成田)すごい偶然がありました!「5-1あきらめない心」の末尾に、蘇生エネルギーのイメージを、「こんこんと湧き出る深い青の美しい泉」と表現しました。そのやり取りを武枝さんに返信したすぐ後に、沖縄に移住されたリクルート時代の上司が、私の寛解祝いにと素敵な贈り物を持って来てくださいました。なんと!それは、深く美しい青色の大皿だったんです。

    実は、私は子供の頃から「青色」が大好きでした。最初は父の影響だったかもしれません。「万寿美には青が似合う」と言って、赤やピンクの可愛い色の服は着せてもらえませんでした。でも、いつしか自分でも「青」がしっくり馴染むようになり、気がつけばインテリアやアクセサリーにも、無意識に青を選ぶことが多くなっていました。親の刷り込みって怖いですね(笑)

    ただ、「青」には数え切れないほどの色あいがあり、彩度、明度によって変化することがわかってくると、ますます魅了されていきました。寛解のお祝いにと頂いた大皿の”青”は、そんな私の心を映し出すように様々な青の世界を見せてくれます。大地からこんこんと湧き出す泉のように澄んだ水色。銀河で輝く地球のように鮮やかな瑠璃色。深く静かな海の底のような紺碧。夜明け前の宇宙(そら)のような群青。
    一枚のお皿から壮大な生命の鼓動が伝わって来ます。「夜明けの来ない夜はないさ」という、松田聖子さんの歌「瑠璃色の地球」の一節を思い出しました。さらに、その大皿を手に取ると、ずっしりした重みから、作者の手の温もりと優しさが伝わってきて涙が溢れました。お二人の想いとともに沖縄から我が家に来てくれたその大皿に、「青の涙」というタイトルを付けたいと思います。

    この大皿の作者は、ニュージーランド生まれで沖縄在住の陶芸家ポール・ロリマーさんです。沖縄に移住された元上司とお二人で、私の写真を見ながら選んでくださったそうです。私のことが見えているのかしら!と思ってしまいました。今はベッドサイドに置いて、毎日パワーをいただいてます。

    ところで、「元上司」のことは、今後「Hさん」と書かせて頂きます。リクルートという会社は、昔から「社長」「部長」「課長」などと呼ぶ習慣がなく、誰もが名前で呼び合っていました。もちろん部下に対しても「成田さん」でした。「くん」や「ちゃん」付けで呼んだり、もちろん呼び捨てにされた記憶もありません。こんなところも、当時としては稀有な企業だったでしょうね。

    さて、そのHさんは、私をリクルート(当時の「株式会社日本リクルートセンター」)に採用してくくださった恩人です。40年ほど昔の話になりますが、その瞬間のことを今も鮮明なカラー映像で思い出せるほど、私にとっては人生を左右する衝撃的な出会いでした。人生はどんな人に出会うかで大きく変わるのかもしれませんね。

    武枝)「青の涙」!いいですねえ。

    成田さんをリクルートに採用して下さったHさんと、成田さんとは一面識もない陶芸家の方が膝を突き合わせて写真を眺め、どんな会話を交わしながら「青の大皿」を選ばれたのでしょうね。

    「成田さんは、何がしたいのかわからなくて、リクルートを受けたのですがね、やがてやりたいことを見つけて巣立っていきました」というHさんの説明を黙って聞いていたポールさんから、「この方から、深~い青色の石”ラピスラズリ”の輝きを感じます」なあ~んて言葉が飛び出して、じゃあ、寛解のお祝いは「青の大皿」ということに。そして、ぽつり、「成田さんにはね、もっともっと生きていてもらわなくちゃあ」とHさんがおっしゃる……などと、私は勝手に想像して楽しんでいます。

    ラピスラズリって、調べてみると、世界でパワーを最初に認識された石で、「最強の聖石」とされているそうですが、まさに、その「青の大皿」には、Hさんの深い想いと、作家さんの一念の凝結されたエネルギーが詰まっていることでしょう。

    人生での出会いって、いつものことながら不思議ですよね。ポールさんが成田さんの写真を見ただけで本質を捉えられるなんて、これは、驚きでもあり、ある意味、必然のようにも思えます。それを考えると、まだ出会っていない人で、この先、自分にとって重要な存在となる人と、実はすでに繋がっていて、いつか出会うのではないかという予感があります。それをイメージするだけでもワクワクしてきます。

    成田)相変わらずの武枝さんの想像力に大ウケしました(笑)ホント!どんな会話をしながら選んで下さったのかしら。私のいないところで私に心を寄せながら話し合ってくださっている人がいるなんて!その様子を想像するだけで暖かなエネルギーが満ちてきます。

    それにしても、いくら想像力豊かな武枝さんとはいえ、どうしてHさんと私の昔の会話をご存知なんだろう?と不思議に思っていたのですが(笑)そういえばfacebookに、青の大皿の写真とHさんと出会った時のエピソードを投稿していましたね!

    武枝)ポリポリ(^^ゞ
    豊かな想像力でもなんでもなくて、成田さんからの情報をそのまま使っただけのことでした~
    成田)武枝さんとは、何度も、同時に同じことを感じる経験をしていますし、電話やSNSメッセージでもやりとりしているので、今話していることが、想像の世界なのか、どこかで話したことなのか、私も時々わからなくなります。でも、実はそんなことはどうでも良くて、想像も現実も含めて五感に感じるやりとりの全てが一つに溶け合ってることが心地良いのですよね(笑)

    改めて、Hさんのことを少しご紹介させて下さい。その昔、リクルートに入社したい明確な理由も目標もないまま、直感に導かれれるように会社訪問をしました。その時ご対応下さったのが、当時人事担当課長だったHさんでした。包み込むような優しいお声と話し方で、ついつい進路に悩んでいることを正直に話す私の目を真っ直ぐに見つめ、言葉を遮ることなく受け止めて下さいました。そして、こうおっしゃいました。
    「成田さん、人生はいつからでもやり直すことが出来ます。
    勉強するにもお金が必要ですから、やりたいことが見つかるまでリクルートで働けばいいじゃないですか!うちは夢のある人が欲しいんですよ。一生ここにいますというような人は採用していません」って。
    当時から一般的な価値観で自分を測られることや、常識の枠にはめられることに抵抗があった私は、このような企業が存在することに驚くと共に感動しました。入社してみれば、上下に関係なく誰もが言いたいことを言い合い、やりたい事を提案し、皆さんイキイキと自分らしく働かれていて、”組織にいながら自分の人生を生きている人達”に見えました。まさに今でいうダイバーシティ(多様性)が実現されていて、年齢、性別、学歴、国籍、宗教、価値観など、全てにおいて個人が尊重され、お互いの強みを生かしてお仕事をされていました。

    武枝)ダイバーシティ(多様性)が実現されることはあくまで理想形であって、実際にそこまで徹底できている企業があるなんて、にわかに信じがたかったのですが、成田さんは、それぞれの社員が、思う存分、自分の力を発揮できていることを身をもって知っているわけですからね。

    人事担当課長だったHさんの言葉「成田さん、人生はいつからでもやり直すことが出来ます。勉強するにもお金が必要ですから、やりたいことが見つかるまでリクルートで働けばいいじゃないですか!うちは夢のある人が欲しいんですよ。一生ここにいますというような人は採用していません」が、社風を十分に物語っていますね。

    成田)そんな素晴らしい企業なのに、私はたった3年で退職し、テレビキャスターへの道を進むことになりましたけれど、Hさんとの出会いとリクルートでの経験は、その後の私の生き方・働き方に大きな影響を与えたと思います。それは、「自分の気持ちに正直であること」「自分に誇りを持つこと」「答えは自分の中にあること」。そんな軸を持つことが出来たのだと思います。

    Hさんも、武枝さんも、私にとって必然の出会いだったからこそ、人生の大切な節目でまた再会したのだと思っています。いえ、再会したというより、会っていない時間もず〜と繋がっていたのだと思います。これは、偶然ではなく、”何者かのシナリオ”だと思わずにいられません。この言葉なきシナリオは歳を重ねなければ見えないものですね。それだけでも、生きていることの意味と価値を感じます。

    武枝)確かに、成田さんの言葉通り、”会っていない時間もず〜っと繋がっていた”と実感しています。そして、どんな時も成田さんの軸はブレないだろうという確信がありましたが、その資質はHさんとの出会いとリクルートでの経験によって、より揺るぎないものになったのですね。

    成田)軸を持ったと言っても、当時はまだ自分の在り方がぼんやり見えただけでしたけれどね。でも、そのお陰で良きも悪しきも、常識や人の価値観より自分の心の声に従おうという気持ちだけは強くなった気がします。当然、前例のない航海は波も風も強くて、順風満帆とはいきませんでしたけれどね(笑)

    武枝)「前例のない航海」は成田さんらしくて痛快でしたが、ただ心配だったのは、諺では「便りのないのは良い便り」と言われるけれど、成田さんの場合は逆で、連絡が途絶えた時ほど大変な時期なのではないかということでした。まさか、大病と闘っていたなんて……

    成田)はい!またまた、何者かが私の軸を試されたみたいですね。魂の修行のために与えられたシナリオのようにも思えてきます。

    武枝)そして、20数年ぶりに会ったのですが、ず~っと繋がっていたという想いがあるから、私も空白の時間を全く感じなかった!しかも、このやり取りを始めてから、二人が同じ時刻に、お互い同じことを想っていたということが頻発しているのよね。これも偶然とは思えません。”魂の回線”というものがもしあるのだとしたら、その道筋で繋がっているのではないかと。

    そして、”何者かのシナリオ”を感じるようになっているという成田さん!《この言葉なきシナリオは歳を重ねなければ見えないものですね。それだけでも、生きていることの意味と価値を感じます。》という成田さん!その言葉を聞いて、私はちょっと壮大すぎるかもしれない想像を膨らませています。成田さんはその”何者か”とも魂の回線が繋がってしまったのではないか!と。

    成田)魂の回線とは!!なんと言う想像力でしょう!自分で「何者かと回線が繋がった」と言うのは、かなり厚かまく思いますが、人間には誰しも、そんな瞬間があるのかもしれませんね。

    武枝)言葉なきシナリオはもちろん歳を重ねなければ見えないものではあるかもしれませんが、たぶん、それだけではない、成田さんが大事にしてきた何かの力があるような気がします。更にやり取りを進めていくうちに、その何かが浮かび上がってくるかもしれませんね。

    成田)「再発がんが消える!」という奇跡を起こしたものはなんだったかを最近よく考えます。それは一つではなく、医療の進歩、主治医との信頼関係、入院生活をサポートしてくださった人達、ユーモアや陽気な気持ち、夢、諦めない心、自分の細胞たちの頑張りなど。これまで「キセキの対談」に書いてきた色んな要素が絡み合ったと思いますが、もう一つ、「祈りの力」も大きかったのではないかと思っています。それは、自分一人の祈りではなく、多くの人の愛ある祈りがあったことを感じずにはいられません。

    これまで誰とどんな出会いをしてきたかを思い出すとき、愛を持って祈ってくださった方々の、目に見えない力がいかに大きいかを感じています。改めて素晴らしい出会いに心から感謝しています。

    一方で、復活後、ご縁のなくなる人もありましたけれど、以前ほどそのことに心煩わされることは少なくなりました。それも、必然のシナリオなのでしょうか。ならば去る者追わずといきましょう。

    武枝さん。私は無宗教ですが、私が感じた「祈りの力」についてもう少しやりとりさせて下さい。

    武枝)「祈りの力」かぁ~!

    更にやり取りを進めていくうちに、浮かび上がってくるかもと、つい先ほど書いたばかりなのに、すぐに立ち上がってきましたね。

    成田)そうそう!そこがこの「キセキの対談」ならではだと思っています。読者の皆さまには、そこを感じながらお読みいただけると嬉しいですね。記事タイトルも後からつけているくらいで、構成や想定問答は一つもありません。ほら!また予定していた「祈り」の話から少し外れていますが(笑)武枝さんのおっしゃる「やりとりを進めていくうちに、浮かび上がってくる」ものにこそ真実がありますから、このまま続けさせてくださいね。

    私は、「やりとりを進めていくうちに、浮かび上がってくる」ような対話がインタビュアーの究極の在り方だと思っています。決めた質問をするだけなら、答えも想像の範囲を出ないでしょう!私も若かりし頃、自分の語彙不足や質問の稚拙さに悩んだことがありました。でも、私は「上手な話し手より、最高の聴き手になる」と言う目標を持っていたので、ある時気がついたんです。若い私が一流の相手と対等に向き合えないのは当然。背伸びするのでも、へりくだるのでもなく、等身大で向き合えばいいのだと…。

    聴き手がありのままの自分の言葉で質問すれば、相手も深いところにしまいこんでいたものが浮かびあがってくるのではないでしょうか。そこに共鳴が起こり、波長が合ってくれば、年齢や肩書きを超えた「生きた対話」が生まれるのだと思います。私はこういうインタビューが好きです。だから、武枝さんとの言葉のやりとりで、私の中の何かが「浮かび上がってくる」のは至極当然のことです。

    さて、浮かび上がってきたことが長くなりましたが、実は私は、これこそが、「祈り」ではないかと..書きながら、今、思いました!

    武枝)成田さんの心の声が言葉になっているから、琴線に触れて、響き合って、次のメロディーに導かれる、な~んちゃって!

    それにしても、やり取りの中で、深いところにしまい込んでいたものが浮かび上がり、それによって「祈り」の”新解釈”が導き出されたなんて……震えます。

    成田)昨年、武枝さんとのこのやりとりの最中に「がんが再発」しましたよね。でも、ここで魂レベルの対話をしていたから、私は自分の在り方にブレずにいられたと思います。「自分の気持ちに正直であること」「自分に誇りを持つこと」「答えは自分の中にあること」。

    そして、武枝さんと、たった今をリアルに共有し共鳴し合えたことは、さらに大きな生きる力になりました。

    手を合わせて願いごとをするだけが「祈り」ではないと思います。「苦しい時の神頼み」的なものではなく、現実を受け入れつつも、自分の内なる声を信じる気持ちが祈りに通じるのではないかしら。そして同じような気持ちで私を信じてくださった皆さまの深い愛もまた、無意識の「祈り」となって私の生命の真ん中と繋がっていったように思えるんです。

    なんだか精神論ぽくなりましたが、病気と向き合う時には「心の在り方」はとても大切だと思います。だからこそ、病と闘っている者にとって、どんな言葉が心に効くのか、いのちの真ん中に届くのか。武枝さんと対話を続けたいと思います。

    武枝)今まで、「祈り」について、 これほどまでに心を突き動かす言葉で説いた辞書も人物も、私は知りません。

  • 5-1 あきらめない心

    成田)武枝さん、いのち輝く素敵な句を3つも!ありがとうございました。胸の奥深くからこみ上げてくるような感情の波と、清々しい優しさに満たされ、何度も声に出して味わいました。愛ある言葉は力がありますね。

    細胞たちにシャンパンシャワーを浴びせたあの夏の日から7ヶ月が過ぎましたね。これを書いている今は2019年3月です。初めて悪性リンパ腫の告知を受けた2015年9月から3年半。その前の、なかなかがん細胞の発見に至らず苦しんだ日も含めると、長い長い道のりでした。やっとがん細胞が見つかり、3クールの抗がん剤と50日に及ぶ副鼻腔と上顎への放射線照射を受け退院したものの、2年ほどで同じ場所に再発しました。

    「再発した場合、もう骨髄移植しかない」と言われた日から、自分を見つめ直す旅が始まりました。そして、とうとう2018年の夏、「全てのがん細胞が消える!」という奇跡が起きたのです。私は今、何もなかったのようにしたい仕事をし、念願だった日本語教師としての資格に必要な420単位を履修することができ、その間、京都で武枝さんとお会いする機会もありましたね。でもそれは、私たちを出会わせてくださったテレビ番組の大プロデューサーを偲ぶ会でした。愉快で豪快な方でしたから、集まった人達も、思い出話しに花を咲かせてみんな笑顔でしたね。会場に飾られた遺影から、「こら〜!幸子〜、万寿美〜、また俺を見送って、2人で飲んでるな〜!」とよく響く声が聞こえてきそうでした。そう!お見通し通り、偲ぶ会の後も2人で飲みましたね。テレビの良き時代に私たちを出会わせて下さったことに心からお礼を申し上げてお別れしました。

    さらに、12月には父を天国に見送りました。享年91歳でした。父の死については、とても心静かに受け止めました。「人は誰でも死ぬのだ!死に向かって生きているのだ」ということを自分ごととして体験したからかもしれません。晩年、父の記憶が壊れていくことに老いることの残酷さは見ましたが、91歳まで生き抜いてくれたその人生に敬意と感謝しかありませんでした。荼毘にふすときには、子供の頃のように「行ってらっしゃい!」と声をかけました。何も親孝行らしいことはできませんでしたが、私が先に逝くことなく、父を見送らせてくれたことに感謝しました。そんなこんなで、人生は、良きも悪しきも色々ありつつ前に進んでいます。

    武枝)怒涛のような日々も、改めて振り返ってみれば感慨無量ですね。

    成田)私の命は続きましたが、一方でお世話になった人達とのお別れも多くなりました。その場に立ち会ってみると、生き方が別れ方にもあらわれるような気もして、自分ならどんな風に旅立ちたいかなぁと少し想像しました。しみじみと2018年が暮れていきました。

    武枝)確かに、生き方が別れ方にもあらわれますね。ある意味、怖いような……

    成田)さて、私自身の「今」はというと、あの夢のような奇跡が起きた日から、すでに2回の全身CT検査を受けていますが、体のどこにも悪いものは見つかっていません。再発時、悪しき細胞が点在していると言われた副鼻腔も、「怪しき影は一つもありません。今までで1番綺麗です!」と耳鼻科のI先生に太鼓判を押していただきました。ただ、ドクターとしては「がん細胞が消えた」とは思っていらっしゃらないようです。医学的には、がんに完治はなく、「今は抑えられているだけ」ということのようです。でも、私はどちらでもいいです。「今、何もないという事実」だけで幸せです。

    この終楽章では、ここに来て、今思うこと、感じていること、知ったこと、自分自身のこと、など。改めて武枝さんと話したいと思います。大前提としては、タイトル通り、「生(いのち)を見つめて」です。武枝さんとやり取りできたことの奇跡と、何者かの導きに感謝して、楽譜のない終楽章を、二人の言葉で奏でてみたいと思います。もうしばらくお付き合いくださいね。どうぞよろしくお願いいたします。 

    武枝)成田さんの 《医学的には、がんに完治はなく、「今は抑えられているだけ」ということのようです。でも、私はどちらでもいいです。「今、何もないという事実」だけで幸せです》の心境が素敵です。

    どんな状況にあっても、今の生(いのち)があることにまず感謝できる!自分の人生が幸せであると思えるかどうかの分岐点はそこらあたりに潜んでいるような気がします。

    そうそう、幸せといって思い出したことがあります。以前、お仕事を通じて親しくさせて頂いたことのある京都大学名誉教授の新宮秀夫先生が幸せ感を家に例えられた「幸福の四階建て論」です。先生の元々のご専門は金属加工学ですが、その延長線上でエネルギー科学も研究され,、地球のエネルギーや環境問題に取り組むうちに、それらを解決するには、まず人間の幸福の在り方を問うべきだろうと考えていて思い付いたっておっしゃってました。

    一階建ての家の場合は、富や名声、恋愛、そしてスポーツをしたり、食事をしたり……本能に近い直接的な快楽を得ることに幸せを感じる在り方。快楽を持続させるための努力をしたり工夫をする”日々の営み”の方により幸せを感じるのは二階建て。降りかかる苦しみや悲しみを克服することによって獲得しようとする達成感の伴う幸せ感は三階建て。そして、克服できない苦しみの中にも幸せを見い出そうとするのが四階建て。

    詳しくは、先生のご著書「幸福ということ―ーエネルギー社会工学の視点から」(NHKブックス)にありますが、「人間の幸福は快楽や満足感だけにあるのではなく、苦しみや悲しみの中にもある」と、エネルギーとの関係性の中で編み出された幸福論がとても面白く、先生のお話を伺いながら拍手喝采をしていました。

    成田)なるほど!家に例えるとイメージしやすいですね。腑に落ちます。自分の知っている言葉に置き換えて恐縮ですが、新宮先生のおっしゃる「富や名声、恋愛、そしてスポーツをしたり、食事をしたり……本能に近い直接的な快楽」は、コーチングでいう「ニーズ」に近いのかなぁと思いました。コーチングでは、個々の「ニーズ」と「価値」の違いを扱うことがよくあります。「ニーズ」は、文字通り「人が欲しているもの」ですが、それは、手にしても手にしても満たされることはなく、失う不安から「もっと頂戴!もっと頂戴!」となる。そして、人はこの快楽を持続させようと努力や工夫をする。もちろんそれは素晴らしいことですし、多くの人は、そのことが意味あることだと刷り込まれてきたのかもしれません。

    それが、一斉に教育する義務教育の在り方ではなかったかしら。そのことを受け入れられる子供とそうでない子がいる。私の場合は後者でしたけどね(笑)。大人や社会のニーズに合わせるために走り続けることが辛い子供(大人)もいます。それは時にストレスと戦うことにもなる。それでも降りかかる困難を乗り越えれば、達成感という大きな満足を得られることを知ることもある。私の勝手な解釈ですが、これが、家に例えると2階3階を建てることなのでしょうか。

    でも、4階だけはちょっとエネルギーレベルが違う感じがしますね。「こう頑張れば、こうなれる」というものではなく、「克服できない苦しみの中にも幸せを見い出そうとする」なんて!成功モデルがないのですから。それでも、4階を建てなければ、その家は根こそぎ倒れてしまうかもしれないことはわかっている。4階はもはや「ニーズ」レベルの努力ではどうにもなりません。武枝さんに教えていただいた新宮先生の言葉、「人間の幸福は快楽や満足感だけにあるのではなく、苦しみや悲しみの中にもある」。を読んで、私が闘病中に味わった幸福感と重なる気がします。

    私は命と向き合った闘病中にこれまで味わったことのない幸福感が共存することを知りました。それは、ニーズを全て手放し、普遍の「存在価値」に触れたような壮大な幸福感でした。でも、病気を克服した今の私は、また生きるためのニーズに苦しめられていますけどね(笑)。それでも、あの幸福感を思い出し、できるだけ、自分の「価値観」に基づいた生き方をして行きたいと思っています。それが自分を大切にすることであり、細胞の喜ぶ生き方の一つなのではないでしょうか。家でいえば、土台(基礎)がしっかりするということでしょうか。

    武枝)私の推察するに、新宮先生がおっしゃりたかったのは、四階建てだから上等の幸せという訳ではなく、高い階になるほど建てるのに本人のエネルギーを大いに費やさなければいけない、けれども、その代わり、下の階では見ることのできなかった風景(感じることのできなかった幸せ)を味わえるよ、って。だから、地球のエネルギー資源を消費することで得る幸せばかりを追い求めずに、個人個人が体内に持ちあわせているエネルギーを発動して、それぞれにお似合いの幸せを掴みとってみませんか、と。

    新宮先生の伝で言えば、成田さんは「三階建ての家」を闘病中に建てましたよね。私の場合、このやり取りを通じて、三階建ての世界にお邪魔させてもらえているという感懐です。

    成田)武枝さん、私は勝手に新宮先生のお話に自分を重ねて、「地球のエネルギー資源を消費することで得る幸せばかりを追い求めずに、個人個人が体内に持ちあわせているエネルギーを発動して、それぞれにお似合いの幸せを掴みとってみませんか」を、4階と受け止めてみると、闘病中に、このエネルギーレベルの幸せに少しばかり触れたように感じられました。4階に住み続けるのはなかなか至難の技かもしれませんけど、自分の細胞たちと会話し、自分を信じることのできた瞬間の幸福感を忘れずに生きていきたいです。

    武枝)そうか~闘病中に、四階建ての幸せをすでに味わっていたんですね!復活宣言をしてからの成田さんの姿勢に、四階建てを築き上げているエネルギーを感じてはいましたが、あの過酷な治療を受けながら、その次元に至っていたんだ~四階建ての幸福感を掴んだら、一階、二階、三階建ての幸せを味わうのは自由自在。だからなんだ!成田さんから、多彩な幸せオーラが溢れんばかりに放たれているのは。

    成田)ひと時でも、私から幸せオーラ!が放たれているように見えたなら、それは、とても嬉しいです。

    武枝)それにつけても、《一階建ての幸せ感は「ニーズ」に近い!》は言い得て妙ですね~

    地球や社会や他人のエネルギーをより多く自分のテリトリーに取り込むことで得ようとする幸せ感は、ともすれば、成田さんのご指摘通り《手にしても手にしても満たされることはなく、失う不安から「もっと頂戴!もっと頂戴!」となる。》新宮先生の危惧されたのはまさにその点だと思うのです。

    そんな壮大な幸福論の話の後に、ほんのささやかな出来事ですが、先日、嬉しいことがありました。

    一昨年に頂いた鉢植えの紫陽花がその年で枯木になってしまったのですが、捨てずに他の植物と同じように水やりを続けていたら、なんと、この4月の初め、枯れた枝から小さな新芽が次々に出てきて、どんどん膨らんでいるのです。昨年も表向きは枯木のままだったのに、おっとどっこい、生きているぞって!人も植物も、しぶといのだ。ホント、捨てずに水やりを続けてよかった~。諦めるなかれ!ですね。つくづく、そう思いました。

    成田)なんと愛おしい紫陽花でしょう!傍目には枯れたように見えていても、紫陽花の細胞達は静かにエネルギーを蓄えて、復活の時を待っていたのですね。武枝さん、毎日水やりをしてくださって、ありがとうございます。紫陽花に代わってお礼を申し上げたい気持ちです。

    そうそう!私も嬉しいことがありました。友人が経営する会社で仕事をされている男性が、ある日突然がんの宣告を受け、大病院で「もう手術はできない!緩和治療しかない」と見放されて、絶望されていたそうです。そんな時に、友人が私たちのこのやりとりを勧めてくれたそうです。すると、何かが伝わったのでしょうか?「諦めずに闘おう!」という気持ちになって下さったそうです。そして、自ら病院探しをされて、とうとう「手術しましょう!」と言ってくださる医師と出会い、お住まいから遠く離れた病院で手術を受けられたそうです。武枝さん、その結果ね、なんと!今はまた職場復帰をされているそうです。その話を友人から聞いて、私は、言葉で言い表せない喜びで体が震えました。一軒の病院の診立てだけで、治療を、命を、諦めなくて本当に良かった。きっと、「諦めない」心が細胞達を頑張らせ、出会いを引き寄せたのではないでしょうか?

    その方は、昔、私が出演していたテレビ番組も見て下さっていたそうですよ。今もこのやりとりを読んでくださっているかしら。もし読んで下さっていたら、この場をお借りして、お祝いを申し上げます。「手術のご成功、おめでとうございます。諦めなくて、本当によかったですね。生きていて下さってありがとうございます。」

    武枝)ウォー!!素晴らしい!震えます。

    このやり取りが、諦めない心を奮い立たせる一助となっていたのだとしたら、こんなに嬉しいことはありません。

    振り返ってみれば、成田さんもずっと諦めなかった!!

    そして、その男性のことを知り、改めて強く思います。諦めない心を奮い立たせたら、「蘇生力」が目を覚ますのだ!と。そのパワーが、三階、やがては四階まで建ててしまうのではないか、って。

    成田)諦めない心とは、自分を信じる心でしょうか。そこから目に見えない蘇生のエネルギーがこんこんと溢れ出してくるのかもしれませんね。深い青の美しい泉をイメージしています。枯らさないようにしなくちゃ(笑)